第82話 つまらない。

 SIDE ジン


 ちらついた桃色の頭髪に向ってナイフを突きつけた。見えている顔は少し楽しそうに笑って、煙のように消えていった。


「……あいつ」


 まるでシャドウのように消えてしまったあれに僕は眉を寄せた。それから、背後から迫る刃を別のナイフで受け止める。モンスターがここら一帯に集合しているせいか、やけに瘴気が濃くなってきている。

 モンスターは瘴気、汚れた空気をまとっている。人間でいう魔素のようなもので、彼らの生命線でもあるらしい。

 何十体とモンスターに囲まれ、さすがに二本の腕では対処しきれないことを悟る。僕は主に暗殺を生業としてきていて、陽動などの戦闘は得意ではない。王宮にいた時に体術も教わったが、基礎レベルだった。

 目の前に敵の刃が迫ってくる。


「クソっ」


 敵の腕を切り落とし、最小限の被害に抑える。

 ほかのクラスメイトはまだ就寝している。まだ、就寝時間だからだ。これに気が付いたのは、ハルたちの拠点から帰った時だ。ちょうど白夜が発生するのを見た。それから、グランも。

 逃げられたが、今は追っていられそうにない。

 すると、脇腹に衝撃が走った。思わずせき込んでしまう。僕のわき腹にこぶしが入っていた、モンスターの。


 全体の視野が落ちている。

 水中のせいか動きが鈍る。


 圧倒的に不利だ。


 そう思いながら僕にこぶしを入れたモンスターを引きはがそうとすると、大きな剣がふってきた。


「……おそい」


「えぇ~、起こさなかったのジンでしょ」


 リリアンが敵に突き刺さった剣を引抜き、拗ねたような表情でそう言った。気づいたらしい、僕一人で対処できそうになかったからよかったのだが。


「ジィドは後方支援で、今、崖の方に向ってる。それまで何とか抑えておけって、」


 リリアンは視線だけで海中の見晴らしの良い崖を見た。ジィドは図体こそ大きいが視力と集中力が優れて弓矢が専門、リリアンは体と似つかず大剣を操る剣術の名手。

 心強いかもしれない。

 リリアンと背中合わせになりながら、僕はもう一つナイフを出した。逆手持ちの二刀流、あまりしたくないがこっちの方が効率よく敵を狩れる。


「わかった、……他のメンバーは」


「ナーシャちゃんは拠点でダンジョンの様子を見てもらってる。ファナちゃんは、も

 っぱらモンスターが苦手だから、ナーシャちゃんの補助という名目で僕たちの拠

 点にいる」


 背後にある拠点を一瞬だけ見やる。ナーシャという子は確か、見えない範囲の捜索が得意だったか。主にダンジョンの地図に敵の情報が浮かび上がってくるらしいが、見たことはない。ファナという人とはあまり面識がないが、よく言って貴族の娘らしい貴族の娘だ。悪く言えば高慢だろうか。

 

「ほかのクラスの人たちはわかんない。拠点が離れてるし、密集してないからね」


 拠点の場所は基本的に密集していない。一つの安全地帯に一つ二つとあって、距離がとられているから厄介なのだ。

 僕は敵の爪を受け止め、ナイフを翻す。背後のリリアンは敵を大剣で一掃しつつ、何か焦っているように見えた。多分、ジィドの援護を待っているのだ。この状況で二人きりの戦闘というのは非常に不利だから。


「ジィド、……もしかして道中でモンスターに足止めされてるんじゃ」


 リリアンは不安そうにつぶやきを漏らす。先頭に集中してほしいものだが、僕も思考にふけっているばかりでひとのことを言えない。


「昨日今日の戦闘状況からしてそれはない、ここのモンスターは極めて知能指数が

 低いから。……計画的な敵襲であれば、ありえなくもない」


「んもぅ、どっちさ!」


 リリアンは大剣を薙ぎ、肩息をつく。


「もう少し人数がいたらいいのに……」


「仕方ない、今は僕たちだけで何とかする。この状況で、人員は割けない」


 僕の言葉にリリアンは拗ねたように、”わかってる!”と言った。

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