第79話 得体の知れない魔力の秩序。

 

 SIDE メド=シルヴィア


 拠点に戻って二時間ばかり経つ。教師たちには特に問題はないと言われ追い出された現在、俺もラクリエも黙ったまま時間が過ぎた。ハルは泥のように眠ったまま、まだ起きることはなかった。重い空気が満ち満ちて、ろくに眠る気も起きない。

 疲れているのに、自責の念が払えず気が休まらない。


「……ラクリエ、お前は寝ておけ。体調崩すぞ」


 俺が拠点のソファに座っているラクリエに声をかけると、ラクリエはらしくない苦笑を浮かべた。


「あいにく日光の下じゃないから、平気なんだ……。メドこそ、慣れないところに

 来て疲れてるでしょ」


 君こそ寝なよ、とラクリエはハルの眠る寝室のドアノブを眺めながら言った。俺は黙って首を振る。

 ラクリエはそうとつぶやいて、膝を抱えてうずくまった。その顔色は少しだけ青白い。疲れているときの兆候だ。ラクリエは日中の行動にめっぽう弱い。最近はハルから朝食を貰うために早起きをするようになったけど、元は夜行性だ。

 

「……げほっごほっ」


 不意に寝室の扉の向こうから声が聞こえた。声というか咳込む音だが、おそらくハルの声だろう。俺は扉を開け、容態を見に行く。

 ハルの額に汗がにじんでいるのが見えた。眉には深いしわが刻まれている。明らかにつらそうなその姿に俺は戸惑ったが、背後から押しのけられた。青白い顔色が眼下に覗く。


「おい、ラクリエ」


「大丈夫、冷やすだけ……」


 ラクリエは俺を無理やり押しのけ、苦悶に表情を歪めるハルのもとへ近寄る。ラクリエはハルの額に触れ、目をつむった。

 部屋にむせ返るような冷気が一瞬あふれかえった。ラクリエの周りには、キラキラと淡い光を反射する結晶が舞った。すると、ハルの表情から緊張が消えた。眠っている表情は少しだけ穏やかになった。


「……メドは問題ない?」


「あぁ、……なんでだ?」


 ラクリエの心配する言葉に首をかしげる。今の状況に心配される理由はなかったはずだ。

 すると、ラクリエはハルを一度見て、少しだけ黙り込む。

 気まずい間が開く。


「……僕の魔力はさぁ、対象以外にも効果が出るらしいんだけどね。確か、エリア

 マーカーっていうスキルだったけ……?」


「いや、特に異常はない」


 俺はラクリエの話に納得して、問題ないことを告げる。そういえば、俺は他人の魔法がなかなかかからないらしい。特に状態異常の類は、俺にとって干渉できないらしい。回復も攻撃も魔法であれば、俺には干渉できる可能性は低くなるらしい。魔力異常防御というスキルだったか。

 

「……俺はスキルで魔力の干渉が難しい体質だからな」


 だが、ハルは回復魔法をかけることができたのが不思議だが。


「そっか、ならいいやぁ……。ま、僕は家系も特殊だから」


「上級貴族の子息だろう、それ以外に何かあったか?」


 それはメドも同じじゃん、と少し笑みを浮かべるラクリエ。顔色が少し良くなった気がする。気が楽になったのだろう。


「……知らないならいいよぉ」


 ラクリエが俺の質問にそう言ったので、必要以上問い詰めるのは止めた。グラン――ロウドであればそういうゴシップが好きなのだろうけれど。あいつは人の弱みを握ろうと駆け引きがやけに上手だからな。だからと言って、ラクリエもハルも口を滑らせることはないだろうけれど。


「……ん」


 ベッドの方で声がした。俺はそちらを見ると、深い群青色の瞳と目が合った。


「……ハル、起きたの?」


 俺の反応を見て、ハルに背中を向けていたラクリエもハルの方を見る。起き上がれないのか、ハルは苦笑を浮かべてごめんねと言った。

 いつもよりも頼りない声色に俺は思わず首を振った。


「……俺をかばっただろう、謝る必要はない」


「……うう、ん。結局、運んで……、くれたでしょ」


 少しせき込みながら、苦しそうにハルは言った。

 ありがとう、と伝えられ俺は苦笑した。俺は結局かばわれてばかりだし、何かしたとしてもラクリエがやってくれた。家でも学校でも落ちこぼれのままで、何もしていないのに。

 すると、少し安心したのかハルはまた眠りに落ちた。

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