第78話 どうにもならないので、自分が犠牲に……!

 水中の中での戦闘は非常に困難だ。

 ここはダンジョンだから、動きやすい構造になっているらしいが独特の浮遊感のせいか動きが鈍る。

 俺はあたりを見回し、魔素の流れを感知しようとする。最近はこういうことをしてこなかったせいか、ひどくなまっている気がする。そして、流動的なせいか魔素の流れがつかめずにいた。水が揺蕩うと、魔素も揺蕩うのだ。


「……ハル、危ない!」


 背後から声が聞こえた。バードが狼狽しているような声。俺は我に返り、目の前に迫ってくる槍を自らの脇差で受け止めた。

 緑色の男の人魚は気味の悪い笑みを、にたりと表情に貼り付けていた。

 俺は重いその一撃に唸り、数歩分飛び退った。

 次々と攻撃が飛んできて、魔法に集中ができそうにない。そう思った矢先、数メートル先でうめくような声がした。

 背中合わせに共闘していたメド君の声だった。


「メド君、大丈夫!」


「っ、脇腹にもろに刺さった、毒が含まれてる気をつけろ!」


 だくだくと、メド君のわき腹から血が煙のように漂っていくのが見えた。水中だから視界が悪くなりそうだ。俺はメド君に駆け寄り、すぐさま彼への攻撃を防いだ。

 

「バード、出来れば岩陰に隠れてメド君の治癒を先に」


「……わかった」

  

 脂汗を浮かべ、苦しげな表情を浮かべているメド君を俺はバードに渡す。バードは敵の隙を突き、岩陰まで走っていく。

 俺は緑色の人魚たちがそちらに向かわないよう、的確に攻撃していく。

 だが、人魚たちはちっとも重傷を負った気配はない。むしろ間を詰めてくる。俺はこれ以上近づけると死を覚悟しなければいけない気がした。

 だから、思わず目をつむってしまう。魔法に頼るのはここではよくないけど、範囲攻撃なら今やっても問題ないだろう。一応バードたちは岩陰に隠れているし、少しは離れているんだろうし。


「……増えてる気配はない。こいつら以外、敵が付近にはいない」


 目をつむると、気配がより分かりやすくなっている。多分、あの変なスキルのおかげなのだと思う。

 水の流れがふと変わった、渦巻くような重い竜巻のような流れができる。俺は目を見開いて、その流れに魔力を乗せた。水中に膨大な量の魔力が流れ出す。ぐるぐると渦巻く魔素の流れが、実際に渦巻きを生じさせる。

 その流れに緑色の人魚たちは戸惑ったような表情を見せた。


「……っは」


 魔力を多量に消費したせいか、体から力が抜ける。どころか、ずきずきと頭が痛んだ。俺は近づいてくる攻撃を気力だけでかわしながら、渦巻きを大きな刃に変えた。

 透明な水の刃に。


 片手を刃にかざし、振り払うような仕草をする。

 透明な刃はそれを合図に俺を囲んでいた人魚たちを薙ぎ払った。辺り一帯に暴風が吹きすさび、人魚たちは両断される。そして、ぼろぼろと崩れるように、クラゲのように水中に溶けていった。

 俺はホッとすると同時に、ぐらりと視界が傾ぐのを感じた。


「ゔぅ……、げほっごほ」


 思わず両膝をつき、俺はせき込んだ。口の中に血の味が広がった、抑えた手の指を間から血が見えた。

 今まで我慢してきた痛みが体中に広がっていく。ギシギシと全身の筋肉が絞られるような痛みに俺はうずくまった。僕大な魔力の消費があだとなったのか、その対価が今この状況なのだ。

 ……今までこんなことなかったのに。


「……っオイ、オイ、ハル大丈夫か!」


 メド君の声が聞こえた。

 あぁ、バードが解毒してくれたんだ。少し安堵して、俺は霞む視界に耐えられず意識を手放した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 SIDE メド=シルヴィア


 俺とラクリエはハルに駆け寄った。

 ぼたぼたと血液を口から吐き出したのを、流石に変だと思ったのだ。解毒をラクリエが施してくれたおかげか、俺に痛みはない。

 俺は倒れたハルを揺さぶり、意識を確認するが目を覚ます気配はない。


「……やめたほうが良いよメド、」


「ラクリエ」


 肩を叩かれたと思うと、ラクリエにそう言われた。


「ハルは、魔力を膨大に消費して体中痛いと思うから」


 岩陰で見ていた、ハルが魔法でモンスターたちを薙ぎ払って一掃した奴か。俺は歯噛みして、意識のないハルを背負った。ぐったりと色がなく、いつもより色素が薄く見える。


「……このダンジョンだと、魔力の大量消費は自殺行為に近い」


 ぼそりと俺がつぶやくと、ラクリエが頷いた。水の中だから声が響いてしまうのを忘れていた。


「そうだね、でも、……ああしなきゃハルは死んでたよ」


「そうだな」


 俺をかばい、一人で戦闘を始めたのだ。あの数で、あいつが勝利することはゼロに等しかった。だから、強行突破に走ったのだろうが、もっと方法があった。それこそ、付与魔法を使うとか。


「拠点に急ぎで戻るぞ、」


 俺はハルを背負ったまま、ラクリエを振り向く。ラクリエはコクリと黙ったまま頷いて、とある方向を指さした。拠点の方向に近い、教師たちが待機している場所だ。あそこなら、薬もあると見たのだろう。


「わかった、それから拠点に帰還を試みよう」


「……りょーかい」


 緊張感のない返事が返ってきたが、ラクリエの表情はいたって真剣だ。俺も、もっと強ければハルだけが無理をしなくて済んだのだろう。

 わずかに自分の弱さに後悔した。足取りが重くなってしまう。

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