第77話 海溝の底にあるもの。

 朝になって、三人ともぐっすりと眠りについていた。流石にメド君ですらも眠気には耐えられなかったらしい。交代して、テントで眠った俺が朝になって外に出ると、メド君はウトウトと舟をこいでいたから。

 俺は彼を抱えて、テントで寝かせた後、朝食を作り始めた。


「……ふぁあ、ねむ」


 テントからそんな声と、のそのそと音がした。多分バードだ。


「んぅ、おはよぅハル」


 バードだった。もともと寝癖が付かないたちなのか、いつも通りのふわふわとした髪の毛のままだ。何かワックスでも使っているのか、それともただ単に寝癖がわかりづらいのか。

 

「うん、おはようバード。……朝食、もう食べる?」


「うん、食べれる」


 テントでかぶっていたブランケットを引き摺りながら、バードは鍋の中を覗き込む。今日は鶏肉のスープだ。干し肉を準備するのが大変だったが、これがなかなか面白い。魔法で加工されているものは特殊らしいから。

 それに準備するのは過不足なくだ。移動するから、どうしてもパンとかビスケットばかりになるのだし。少しの楽しみは許してほしいものだし。


「……もう、朝か」


 器にスープをよそいながら、バードの朝食の準備をしているとまた声が聞こえた。相変わらず朝に弱いのか、声が低い。俺が振り向くと、眉を寄せテントから這いずり出てくるメド君がいた。

 某ホラー映画の髪の毛の長い女性を思い浮かべてしまう。


「おはよう、メド君。……朝食より先に、水飲んだ方がいいかも」


「あ゛ぁ」


 声がかすれて、目つきが悪くなるのはやはりなれない。俺はポーチから水筒を取り出し、カップに冷水を入れて手渡す。メド君はそれを受け取り、グイっと一息に飲み干してしまう。貴族の出身とは思えないほど豪快な飲みっぷりだった、お酒じゃないだけマシか……。

 俺は苦笑して、バードにスープとパンを渡す。それからジャム。


「……スプーンでいい?」


「うん」

 

 ポーチからカトラリーセットのミニバージョンのようなものを取り出して、それを開いてスプーンを手渡す。カトラリーセットというよりも、小学校の給食とかに学校に持って行っていたお箸箱に近いかもしれない。それのスプーンとフォークセットみたいな奴だ。

 それから、メド君からカップを受け取り、交換にスープとパンを渡す。それからスプーンも。ジャムは苦手らしい。


「よし、俺も食べるか」


 いただきます。手を合わせて、ちぎったパンを口に放り込む。すると、バードに思い切り凝視された。


「……ハル、ご飯食べる時なんで手を合わせるの?」


 あ。そうだ。

 俺が異世界に来た人間とは彼らは知らないんだった。バードの問いかけに少しだけ焦りを覚える。


「え、あ、何ていうか小さいころからだから習慣なんだよ。……なんでだっけ、作

 った人とか、食材の命を貰うことに感謝するって意味だったかな?」


 戸惑いながら返答すると、ふわっとバードが微笑んだ。


「素敵な文化、だね……。メドもそう思うでしょ?」


「……そうかもな」


 うまくごまかせた気がしないでもないが、そう思ってくれたのは少しだけ嬉しい。慣れたものにそう言う言葉を言われると、当事者でもないのに嬉しくなる。まぁ、追及されなかっただけ安心できたけれど。

 

 気をつけなきゃな。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 安全地帯から出発した。合宿――討伐任務は五日間行われるから、結構長く活動しなければならない。

 

「さぁて、どこに行くのメドぉ」


 俺の服の裾を掴みながら、バードがメドの顔を覗き込む。それはいいんだけど、体勢が急に崩れるからわき腹をひねった。痛い。

 すると、相変わらず先頭を歩くメド君が振り向いた。

 決まっていないのか、眉を寄せているのが見えた。


「……そうだな、拠点の方へ引き返しつつ、昨日とは別の道へ入る」


「確か、道が分かれてたもんね?」

 

 メド君の話を聞きながら、俺は確認をとる。メド君はうなずいて、拠点に戻れるように探索は抑えようと思うと言った。

 確かにそうしたほうがいいかもしれない。昨日みたいに心配をかけさせたくはないし、従うのが一番なのだろう。それから、昨夜言われたことが気になる。二人には伝えてはいないが、ヒスイさんという人が言っていた、穴のことだ。

 魔力を多く持つ人間を取り込む、ブラックホールのようなもの。


「そうだね……、賛成」


 バードはいつも通りフワフワしながら、そう言った。

 その続きをバードが口にするはずだったのだが、何かに囲まれた。俺とメド君は反射的に身構える。


「……ハル、メド、」


 バードも言葉をさえぎられてご立腹なのか、魔法の杖――タクトを構えている。

 俺たちを囲んでいるのは、――なんだろうか人魚みたいなやつだ。グリーンの肌で、瞳はぎょろりとして蛇のようだ。手には――人魚姫の出てくる映画の人魚の王様が持っている槍みたいなものを持っている。

 それから、爪が長く鋭い。


「ッ……」


 俺とメド君は前方に飛び出して、その槍の攻撃を受け止める。ただ、攻撃の速度が速い。流しきれないのだ。

 ミスをすると、おそらく後方援護専門のバードに攻撃が届いてしまうだろう。流石にこれは抑えられないだろう。集中力はかけてしまうのだけれど、魔法も並行で使用するしかなさそうだ。

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