第76話 よその国の人と、警告。

 現在時刻、午後十時。

 夕飯も食べ終えて、互いに数時間ごとの仮眠をとって一応の警備をしている。安全地帯ではあるんだけど、モンスターに襲われないっていうだけだし。今は俺がそれをしている。別に、一日くらい寝なくてもいいのだけど。

 

「もし、君は、誰かな?」


 うつむいていたのが悪かったのか、頭上から声が聞こえた。足音も気配もしなかったのに、目の前には人がいた。

 その人物は学校のローブではなく、見たことのない服を着ていた。冒険者の人なのだろうか。やけにきれいで、圧倒される清廉さがある。


「えと、学生です。林間合宿で、モンスターの討伐に。」


「……討伐」


 その人は俺の言葉を反芻して、ふむと唸った。その人の性別は定かではないが、やたらと中性的に美しく感じられた。ミルクティーみたいな髪の毛で、ジンと同じような紫水晶の瞳を持っている。


「学生、……その制服は見覚えがないから隣国の子かな。それで、討伐って?」


 考え込むように目を伏せた後、その人は脱線した話を無理やり戻すように俺の瞳を見た。


「……え、その、最近モンスターの凶暴化が著しいっていうことで、調査のついで

 に討伐も、っていうのを聞いただけなんです……」


 全く表情を変えないその人に少し恐怖を抱きながらも話すと、その人は首をかしげた。

 俺はその人が何か思考してるんだろうと思って声はかけなかった。しかし、思ったよか早く返答が返ってきた。


「そんな話は知らなかったな。有益な情報をありがとう、少しは警戒して進めそう

 だ」


 その人は柔らかに笑って、俺の頭を撫でた。座っていたのが悪かったんだろうが、その人の年齢も俺と同じように見える。それに、今更だが、素性が知れない人だ。不思議な雰囲気を持っているし、関わるのは避けるべきだったのだろうか。

 するとその人は何かに気が付いたのか、ふっと口を開いた。


「……二度は合わないと思うが、コースタニア王国に今は属しているものだ。君達

 とは違う名目でここにきているんだ、ヒスイという」


 最近聞かなかった響きが聞こえたような気がする。この世界に来てから、俺は言語理解というスキルをもってこの世界の言葉を話してきた。

 その人物が口にしたのは、この世界に来る前に慣れ親しんできた日本語だった。


「あ、ぇえと、俺はハルです。」


「お、やっぱりそっちか。」


 君も、何らかの理由で連れ去られた子か、とその人は少し楽しそうに言った。物言いは物騒であったが、その人間離れした瞳には安心感が宿っていた。


「なら、忠告でもしてくか」


「忠告、ですか……?」


 その人――ヒスイさんは神妙な表情を浮かべていった。


「面倒ごとは嫌いなので一回で聞いてくれ。このダンジョンは、ところどころに穴が

 ある。……魔力の高い人間を吸い込むための。どこに繋がっているか解らないが、

 ”こちらへ”の転移者はたいがい魔力が多い――だから気をつけろ。テントの中にい

 る二人もだな」


 ヒスイさんはクイッと、顎でテントのほうを指し示す。気配が察知できる体質なのか、カマかけかはわからないがそう言った。


「……ヒスイさんも危険なのでは?」


 ヒスイさんにとって嫌味だったかもしれないが、ヒスイさんは苦笑しただけだった。


「いやぁな? 面倒ごとを頼まれたから、いなくちゃいけないんだよ。深層まで

 潜らなきゃいけないしな」


 そう言いながら、ヒスイさんは踵を翻した。わずかに遠いところから、ヒスイさんを呼ぶような声が聞こえてくる。


「……じゃ、せいぜいお友達と離れないようにしろ?」


 一度振り向いてそう言った。俺はうなずいて、ヒスイさんの背中が見えなくなるまで見送っていた。

 嵐のような人とはこういう人なのだろうか。

 俺にとって、俺に似た状況の人がいるのは少し安心するのだけど。そして、ヒスイさんの警告を思い出す。”ところどころにある穴”、俺たちが気を付けなければならないことは多くあるらしい。ただ、ヒスイさんが警告してくれた理由は何なのだろう。ただの善意、そう片づけてしまってよいのだろうか。


 まぁ、ヒスイさんに悪意があるとは思えなかったけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る