第73話 水中ダンジョンは真っ暗で、凍えそうです。

 俺は自分のローブで首元までしっかり覆って、ため息をついた。林間合宿みたいなもので、しかもその内容なダンジョンのモンスターの討伐だ。そのくせして、ダンジョンの中は空もない水中。何らかの魔法で息はできるらしいんだけど、厄介なのは時間感覚が鈍ることだ。

 メド君が時計を持っているが、それでも違和感がある生活だということは変わらない。


「どうかしたのか、ハル。……討伐対象は少なくないんだぞ」


 とぼとぼ歩いていると、大きな剣を携えたメド君が振り向いてそう言った。俺は慌てて頷き、彼らの方へ少し駆けていった。

 ちなみに今回の林間合宿――特殊討伐任務には一人ずつに役割がある。スリーマンセルなので、役割ははっきりしているのだ。

 まず、大剣を携えたメド君が陽動と主な戦闘。魔法用タクトを持ったバードがサポート役。それで、魔力に優れている俺がサポートと戦闘を両立するらしい。というのも、リヒト先生が俺のナイフの使い方とフィジカルが云々言っていたからだ。

 たいていは前衛・中衛・後衛のように分けるらしいんだけど。


「……お腹空いたらどうすればいいんだろ」


 俺の服の裾を掴み、眠そうにぽてぽてついてくるバードがつぶやく。相変わらず緊張感が欠けているような、よくわからないテンションだがバードは通常らしい。まぁ、緊張したところで何も変わらないし、ダンジョンには割と慣れているところもある。……不安になるだけだ。

 しかし、緊張感のないセリフをバードが吐いたせいか、メド君は眉を寄せしかめっ面をした。


「ラクリエ、討伐にはいつでも応戦できるようにと言われているだろう」


「まっ、まぁまぁ、食料は一応心配いらないし、お腹空いたら安全地帯に行けば俺

 が作るしさ。……非常用にも持ってきてるし、……ね?」


 すぐ怖い顔をするメド君をたしなめつつ、バードに手持ちのクッキーを与えて同意を求める。とはいえ、メド君は険しいような理解できないような表情をして黙って頷いただけだった。

 アンバランスなスリーマンセルだと思う。

 とはいえ、心配なのはこのダンジョンに他に散らばるようにいるジンたちだ。それに今回はほかのクラスの人たちもいるらしい。俺たちのクラスはほかのクラスと確執があるらしいから、厄介なことが起こらなきゃいいんだけど。


「そういえば、今回の討伐って調査もあったよね? 具体的には何をするの」


 俺はメド君の無言に耐え切れずそう聞いた。というか、ここに来る前に先生がちょうど曖昧にした内容だ。


「調査というか、……何らかの原因でモンスターが狂暴化している原因を確認とい

 ったあたりだろう。なら、王宮騎士団がやるはずなんだが、……ふむ」


「……王宮側に何らかの思惑があるとか?」


 メド君の言葉にバードがとどめを刺すように言った。俺は騎士団という言葉を聞いて、マクベルさんの顔を思い浮かべる。ザックさんは兵士団らしいから。

 ……彼らに何らかの思惑があるはずはないだろうけど。

 しかし、気になるのはモンスターの凶暴化だ。俺はあの水晶のダンジョンのことを思い出す。元国の魔導士であったレカルドのことだ。俺にやたら絡んできたけど、今回もあの人が絡んでるんだろうか。


「……ハル? 考え事? 前を向いて歩かないところぶよ……?」

 

 あの歪んだ笑顔を思い出してしまったところで、バードが声をかけてくれた。俺は我に返り、苦笑を浮かべてそのまま深呼吸をした。


「うん、大丈夫だよ。……モンスターを討伐するのって、不安になるから、さ」


「まぁ、躊躇わずにできる奴は学生にはいねぇだろ。早く終わらせたいところだ

 が、……道を阻みに来る奴がお出ましらしい。……行くぞ」


 メド君が携えた剣を引き抜いたことで自覚した。モンスターが襲いに来ると。

 メド君が言ったとおり、曲がり角から不意打ちをかけるようにそれは姿を現した。それは自我を失ったように白目をむいて、こちらに突進してくる。見た目は甲殻類の魚人。顔や見た目はどことなく蟹に近い。手に持っている大きな赤い鋏を俺たちに振りかざして、口元に歪んだ笑みを張り付けている。

 メド君はそれに顔をしかめながらも、大剣をモンスターに振り下ろした。

 しかし、甲高い鈍い音を上げただけだった。そのモンスターの甲殻は鋼のように硬かったのだ。その硬さに音を上げたのか、メド君の大剣に刃毀れが生じた。


「……くっ」


 メド君が大きな鋏にわき腹を殴られ呻きを上げる。俺はその間にモンスターの背後に回り込み、ナイフを柄を叩きつける。甲殻類だから無論そのモンスターにもわかりやすい関節はあって、俺はそこを狙ってナイフを翻した。

 すると、あっけなく間接にナイフが吸い込まれモンスターは灰になった。関節の隙間は柔らかいらしく、ナイフのほうに刃毀れは見えなかった。


「大丈夫、怪我はしてないメド君、バード」


 呻いていたメド君に回復魔法をかけ、俺は確認する。すると唖然とした表情を浮かべて、彼はうなずいた。


「お前、……魔法以外にも戦闘できたのか」


 あっけにとられたような顔でメド君が言ったので、俺は首をかしげながら苦笑した。あれが戦闘を呼べるものなのかわからないし、手っ取り早く急所を狙えたのはラッキーだったのだ。だから、肯定しがたいものがある。

 すると、バードがまたおれの衣服の裾を掴みつつ


「……ハルは驚きの塊だね」


 と言い放った。俺はモヤッとして、少しだけ眉を寄せる。

 すると、バードは愉快そうな表情を浮かべてウフフと笑った。

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