第70話 美少年は髪の毛が結えません、不器用だから?

 昨日は充実したような、不思議な一日だった。俺は共有スペースに足を運びながら、欠伸を漏らした。


「んん~、……まだ眠い」


 特に早く起きようと思っていたわけではない。ただ、普段からの体内時計がいまだに機能しているというだけだ。俺は廊下の窓の外を眺めながら、ため息をついた。今日はあいにくの雨だ。授業があるとはいえ、気が引き締まらない天候だ。それに、雨だと髪の毛がふにゃふにゃになって、まとめにくくなる。

 まぁ、こんな髪の毛している自分が悪いんだろうけれど。


「おはよー、ハル。今日も早いね!」


 共有スペースに足を踏み入れると、もうすでに先客がいた。リリアンだ。もう制服をきっちりと着こなしていて、元気いっぱいだ。


「うん、おはよう。……早いんだね」


「えへへ、僕遅くまで起きてられないから、自然に早く起きちゃうんだ」


 照れたように笑いながら、リリアンが後頭部を掻いた。そこで彼の髪の毛に目が行く。雨の影響なのか、いつもより広がっているような気がする。

 

「あっ、髪の毛やっぱり気になる? 雨のせいで、ボワッてしちゃってさ」


 リリアンが首を傾げ、少し気まずそうに俺にそう質問する。俺は少しうなって、ちょっとだけと答えた。

 すると、リリアンは少し落ち込んだように眉を下げた。というのも、彼の手先があまりにも不器用なことに起因しているのだろう。彼は、魔法で裁縫をこなしているらしいが、ヘアスタイリングはできないらしい。それに、彼の髪の毛をまとめるのは――彼も貴族なので――侍女の役目なのだとか。

 俺は少し頭を悩ませ、昨日の提案をしてみる。


「じゃあ、俺がまとめようか? 俺、細かい作業は割と得意だから、さ」


「ホント⁉ ……じゃあ、お願いしても、良い、かな?」


 リリアンは昨日同様キラキラと瞳を輝かせて、俺にそう言った。俺はもちろんとうなずいて、リリアンに椅子に座るように促した。

 リリアンはまっすぐに椅子のほうへ向かい、シャンと背筋を伸ばして椅子に腰かけた。それから、振り向いて、俺に持ってきたのか二本のリボンと、ブラシを渡してきた。俺はそれを苦笑しながら受け取って、リリアンに前を向くように声をかける。


「……じゃ、まっすぐ前を向いててね。朝食もあるし、なるべく早く終わらせるね」


「うん、りょ~かい☆」


 フンスと、鼻息を一つはいてリリアンはうなずいた。

 俺はリリアンが落ち着くのを待って、ピンクブロンドの髪の毛をブラシをしていく。質のいい髪の毛で、湿気が含まれて広がっているとはいえキラキラと光っているように見えた。

 それから、ひと房その髪の毛を持ち上げて、柔らかく編み込んでいく。今日は実技がなかった気がするから、多少おしゃれにしても問題はないだろう。


「……ねぇ、どんな髪型にするの?」


 俺の指示通りまっすぐ前を向いたまま、リリアンがそう聞く。俺は秘密といって、側頭部に二つの編み込みを作っていく。……このままポニーテールにして、一つにまとめようかな。そう考えながら、リリアンが二本のリボンを渡してきたのだと思い出す。

 しかし、まあいいやと思いとりあえずポニーテールにまとめた。そして、もう一本のリボンをリリアンの髪の毛を結わえているリボンに組み込む。シュルシュルとうまく間を通しながら、ポニーテールのてっぺんで花ができるように編んでいく。


「……んぅ、完成かな」


 俺はその出来に納得して、リリアンにブラシを返す。


「ありがと、ちょっと鏡見てくるね!」


 すると、リリアンはさっそくと言ったように立ち上がり、さっそうと共有スペースから走っていった。俺は置いてけぼりになったような気分で苦笑して、キッチンに向う。

 

「……チッ、騒がしいな」


 不意に背後でそんな声がした。不機嫌極まりないというか、寝起きのせいか声が嗄れているように聞こえる。

 俺はそちらを振り向き、目を見開いた。そういえば、昨日約束していたんだっけ。共有スペースに現れたのは、メド君だった。ネクタイが曲がっていて、くたびれたように見える。彼は案外朝に弱いのだろうか。


「おはよう、メド君! 朝食はちょっと待ってね」


「……あ"ぁ? あぁ」


 とてつもないドス声が返ってきたが、メド君は目元をこすりながらコクリと頷いた。そして、そのまま共有スペースのソファに座って、黙ってしまう。

 俺はその様子にハラハラしつつ、エプロンのリボンを背中に結んだ。すると、パタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。多分リリアンだ。そして、予想通り共有スペースに姿を見せたのはリリアンだった。


「凄いよッ、ハル! 僕、とっても可愛くなってた!」


 満面の笑みで、リリアンは俺にそう告げた。俺はよかったねと言って、リリアンにもう一つのエプロンを手渡す。リリアンは機嫌よさそうに頷いて、そのままエプロンを着る。彼は背中で蝶々結びをすると縦結びになるので、上からかぶるものを渡している。

 

「あれ? メドもいるの、珍しい」


 急にリリアンは立ち止まって、メド君のいるソファのほうを見た。それは驚愕の表情で、メド君をじっと見据えている。


「……えーと、昨日朝食を食べる約束をしちゃって。バードは知ってるんだけど、

 不機嫌だよね、……メド君」


「えっ?」


 え?

 俺の言葉にそう声を上げたリリアンに、俺は首をかしげる。そして、リリアンは少し肩を震えさせて笑い始めた。


「えーとさ、メドは朝にめっちゃ弱いんだよ。多分、今は座ったまま寝てる」


 あ~、うん。

 俺はリリアンの言葉に納得する。不機嫌そうだったのも、制服のボタンがずれているのも予想通り、メド君が朝にとてつもなく弱いことが原因だったのだ。そう思うと、じわじわと笑いがこみあげてくる。というか、急に黙り込んだのが少し怖かったので、安心した。

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