第59話 お寝坊さんの朝食は、ありません(冗談です)!
真っ白な湯気をたてて、スープが光に反射する。コンソメベースの甘じょっぱい匂いに、少しだけ微笑む。
そして、テーブルに四人ぶんのトレイを置いた。
「ジィドのぶんもあるよ~♪」
リリアンがジィドの服の裾をつかんで、テーブルまで引っ張ってくる。ジィドはよくわからないといった表情で、頷く。リリアンは気づいていないみたいだけど、ジィドは予想外だったのだろう。
俺は申し訳なくなって、苦笑を浮かべる。
「······ごめんね。迷惑だったら、食べなくてもいいから」
そう言うと、ジィドは少し眉を寄せていいやと首を振った。
「せっかく作ってくれたのだ、食べぬわけにはいくまい。馳走になろう」
そう言ってジィドは、俺とはうって変わった苦笑を見せた。迷惑そうじゃないのは、少し安心したな。俺は少し嬉しくなって、照れ隠しもできず頬を掻いた。そして、ひとつの椅子に腰かける。
それから、リリアンもジィドもそれぞれの椅子に腰かけた。
ジンはもう着席している。と言うか、寝癖を直した後からそわそわと待ち続けている。
「じゃあ、食べようか」
俺が号令をかける。
とは言え、ここは日本ではない。異世界だ。手を合わせ、戴きますとご馳走さまと言う文化はない。······そこにはちょっと慣れていない。一人の時は手を合わせるくらいはするんだけど。
――――いただきます。
目を伏せて心の中だけで呟く。
そして、パンを一口サイズにちぎる。
おぉ、フカフカだ。モキュモキュと咀嚼をし、ほどよい甘さに舌づつみをうつ。さすが、貴族も通う学校のパンだ。味が上品で、ホテルのビュッフェみたいだ。
「ん~! 美味しい」
リリアンがそういう。頬っぺたをおさえ、満足そうな表情を浮かべている。
「確かに、そこら辺のシェフより旨いな」
「でしょでしょ!」
ジィドとリリアンがあお互いのかおを合わせて、俺のスープを飲んでいる。何を褒めているかは分かんないけど、パンがとっても美味しい。ジンも満足そうにもくもくと食事をしているし、まぁ良いか。
すると、リリアンが物凄い勢いで俺の方を見た。
「ハル、スゴいね! ただのスープがこんなに美味しいなんて、」
キラキラした笑みでリリアンが俺を褒めている。
ん。じゃあ、さっき二人が褒めてたのってスープのこと?
「ん?」
褒められるのに慣れていないせいか、思わず首をかしげてしまった。すると、リリアンも首をかしげる。この感情は伝わらないらしい。まぁ、それでいいんだけど。
「そうだな、大変美味だ。」
「え、あ、有難う」
ジィドも俺を見て言うので、よく状況を把握できずお礼を言う。すると、二人はそれに満足したのか、うんうんと満足げにうなずいている。
すると、というか不意に俺の肩にずしりとした重みがのかった。
背後から、気配もなく。俺は飛び上がるほど驚いた。
「ヒョウッ!」
変な声が出た。
······ビックリしたぁ。俺はその重さの主を振り向く。
「······うる、さい」
目元が隠れた長い前髪、やけに白い肌。黒髪ではないけど、白雪姫とか茨姫を連想させる姿だ。まぁ、顔は時々日に透けてしか見えないけど。
その彼は、俺の驚いた声に驚いたのかそういった。そして、きゅっと耳を塞ぐ。俺はすぐさまごめんなさいと言う。
「ご、ごめん」
「あれっ、バードじゃん! 今日は早起きだね」
俺の謝罪とリリアンの言葉が被る。そこで、彼が何者なのかを知る。昨日教室にいなかったけど、名前は一応聞いている。
ちなみに、今日の食事当番の人だ。
「······うん。目が覚めちゃって、暇だったから」
バードはそういいながら、俺たちではなくトレイを凝視している。じぃっと、穴が開きそうなほど。
そして、俺を次に見た。
「あんた、だれ」
前髪の隙間からアイスブルーの瞳が覗く。
「お、俺はハル。昨日転校してきた、んだ。で、こっちがジン」
「そっちは聞いてない。ふーん、ハル、ね」
ジンには興味がないのか、ペッと手を払うしぐさをした彼。なんか、野良猫みたいにつかめないな。
バードがじっと、俺を見つめてくる。妙な威圧感があって、緊張で失神しそうだ。すると、予想外な音がした。
グギュルルルルルルルルルルゥウ
盛大な腹の虫の音。
そこで、それを発したのはバードであると理解する。だって、呆然とするような音だったから。
あぁ、だから俺たちのトレイを凝視してたわけか、と納得する。
「えーと、バードも食べる?
スープ、まだちょっと残ってるし。パンもあr」
「食べる······!」
食い気味の回答が届いた。
俺はそれに少しだけ驚いて、テーブルから立ち上がる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バードの座る席にトレイを置く。
ちょうど、もう一杯ぶんのスープが残っていてよかった。予測はしてなかったけど、おかわりすることになったらと念のために多目に作っていたのだ。
「······どーもぉ」
やけに子供っぽい間延びする声で、バードがそういう。俺はう、うんとうなずいて苦笑した。そして、自分の席にまた座る。
「フム······、美味し、い」
ぼんやりと体を揺らして、バードはペロリと完食してしまった。
「あはは、それはよかった、のかな?」
「そーだよ、バード、食事作んないくせに味にはうるさいからね」
リリアンが口を挟む。
理由は何となくわかるから、頷く他ない。だって、ここには料理をする予定などあるはずもない貴族が集まる学園だからだ。
だから、そんな人たちに美味しいと思ってもらえるのは嬉しいことなのだろう。
「ふー、なんか物足りないねぇ。僕たち成長期だからかな?」
空になったお皿を見て、リリアンがそういう。はっきりいって、俺もそれは思っていた。材料がもっとあったら、スイーツくらい作る余裕はできるだろうけどなぁ。
「え、スイーツ!?」
しまった、と思う。
というか、声に出ていたのか。
「ハル、スイーツも作れるの」
リリアンが満面の笑みと、獣のようなギラギラした表情を浮かべ、僕の肩をとらえる。目がマジだ。
「う、うん。作れなくはない、かな······?」
頷きはしたが、その勢いに俺はリリアンから視線をそらした。
すると、となりに座っていたバードが俺を凝視している。この状況、結構怖いんですけど。そう思ってジィドに助けを求めるように視線を向けると、申し訳なさそうに逸らされた。
「わ、分かったから! 学園が休みの日に作るから!」
勢いで、そういってしまったのでした。俺のバカ!
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