第57話 他人と料理をするって、初めてなんですが······。

 リリアンが手伝いを申し出たので、現在二人でキッチンに並んでいる。作るのは朝食だ。寮に入って間もないのに、嫌な予感がするのはなぜだろうか。


「手も洗ったし、エプロンもした······うん」


 俺は呟いて、キッチンに出した食材を眺める。

 ちなみに、食材は保存箱に入っていた。もちろんのこと、ここで暮らしている皆は外食で食事を済ませているため、少々傷んでいるものもあった。全然少々じゃないものも当然あったけど。

 使えるのは、ニンジンとブロッコリーみたいなの。あとは玉ねぎと、新しいハムの塊。備え付けの丸パンもあった。


「ねぇ、何作るのー?」


 リリアンが俺のとなりに来て、ぐいっと食材を覗く。


「んー、スープくらいしか作れないかな。材料が傷んでるのが多いし」


「そっか、普通にここで料理してたら材料無駄にしなくて済んだんだね」


 下唇を前につきだし、リリアンは少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

 俺はそれを気にしながら、近くの収納箱においてあった包丁を取り出す。そして、少しだけ驚く。だって、料理をしてないわりに包丁はまともなのだから。たぶん、錆びないように魔法がかかってるんだろうけど。

 

「そうだ。みんな外食だって言ってたけど、今の朝食は何人くらい

 作ればいいの?」


 そもそも人数が少ないここでは気にしなくてもいいんだけど、残すことになるのは嫌だ。たぶん、ジンは一緒に食べてくれそうだけど。

 すると、リリアンは少し考えるようなしぐさをする。そして、片手の指を四本たてる。


「四人ぶんかな?」


「うん。君と、ジン(?)と僕と、ジィドの分あれば充分だと思う」


 この寮にはもとからリリアン含めて五人ほどいる。昨日来た俺とジンを含めれば、現在は七人だけど。

 でも、やっぱり外食をするメンバーが多いな。


「わかった。四人ぶんのスープをつくって、パンも出しておこう」


「うん!」


 少し多目に出した食材を保存箱にしまい、俺はそう声をかけた。すると、やけに気合いの入った顔でリリアンはうなずいた。

 しかし、リリアンも料理をすることがはじめてなことに代わりはない。危険がないように、安全な調理を心がけよう。俺はそう決意を決めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 SIDE リリアン=フォレスト


 スタンストンと、軽やかな包丁のリズムが隣で鳴っている。心地のいい音だと思う。

 僕は隣を見ながら、見よう見まねでニンジンに包丁をあてる。

 それが思ったより固くて、力が必要だと気がつく。そしてグッと、包丁に力を込めた。すると、思ったより力みすぎたのか真っ二つになった半分が、勢いよく飛んだ。しかも、隣へ。


パシッ


 ハルはそれをノールック、無言のままつかんだ。

 僕は少しだけヒヤリとした。怒られるんじゃないかとか、のけ者にされるんじゃないかとか頭のなかに嫌な光景が思い浮かぶ。


「危ないよ、リリアン」


「······ごめん」


 きれいな顔が恐ろしく見えるほどの真顔で、忠告された。僕はびくりとして、うつむく。すると、小さな笑い声がした。ハルの声であることに間違いはない。僕は恐る恐る、彼を見上げた。


「ふふ、慣れないことをすると俺もこうなるんだ。

 それにニンジンは難しかったよね。固いし、あ、でも玉ねぎは目に染みるし」


 俺の手元にキャッチしたニンジンをおいて、少し懐かしそうな顔をしている。そして、真っ二つになったニンジンのひとつを手に取り、一口サイズに切っていく。


「まずはニンジンをきれいに、じゃなくて安全に切ろう?

 包丁を持たないては猫の手、握り拳にしてゆっくり切るといいよ」


「あ、ありがとう」


 目元が優しく細められて、病床にいた母上を思い出す。優しい眼差しで、思わず重なった思い出に動揺してしまう。

 すぐにそれを振り払い、僕は片手を拳にして、ゆっくりとニンジンに包丁を下ろしていく。サクリサクリと、軽い音をたてて不格好な形が量産されていく。ハルの切ったニンジンとは似ても似つかなくて、恥ずかしいけど少しだけ嬉しかった。


「うん。きれいに切れたね。

 次は、ブロッコリーを茹でて、ニンジンを炒めようか」


「? スープなのに炒めるの」


 そんな質問をすると、ハルが苦笑を浮かべた。

 僕には料理の経験なんてこれっぽっちもないから、呆れていても仕方がない。すると、少し微笑んでハルが質問に答えてくれる。


「別に炒めなくてもいいんだけど、荷崩れを防止できるからね。

 それに火が通ってると時間短縮にもなるし、」


 少し照れたような表情でハルはそう言った。

 僕はよくわからなかったが、少し暖かいその表情に頷かざるをえなかった。その感慨に浸っているうちに、ハルは瞬く間にフライパンを取り出し油を敷き、コンロに火をかけた。

 フライパンのとなりにはブロッコリーを茹でているであろう、小さな鍋がすでに火にかけられている。


「あとは?」


 僕はハルが木べらを動かしているのを見ながら、そう聞く。すると、ハルはハッとしたような表情になる。僕は驚きながら、ハルの視線を追う。

 そこにはハムの塊が。


「あぁ、切り忘れてた······」


 ハルは絶望したような表情をして、フライパンの中身をゆっくりと炒めている。僕はハルが手を止める暇がないことを悟り、少しだけ頭を抱えた。ここで申し出れば、ハルの役に立てるかな?


「ねぇ、僕が切ろっか?」


 すると、ハルは目を見開く。


「いいの?」


「うん、もちろん」


 僕がうなずくと、ハルは嬉しそうにパァッと表情を華やかせた。


「ありがとう! じゃあ、その五分の一くらいを小さなサイコロ型に

 してくれる?」


 僕は嬉しそうなハルの笑顔にうなずいて、ハムの五分の一を切り取る。そして、ハルが一度洗っていた包丁をよく拭き、丁寧に包丁を入れていく。ニンジンを同じ要領で、丁寧に丁寧に。

 あいにく早朝だ。時間はたっぷりある。

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