第56話 自分的洗礼的な朝と、男の娘(?)?
背を伸ばし、大きなあくびをする。俺は洗顔やら着替えを終わらせて、共有スペースへと向かう。現在時刻が結構早い時間なので、ジンは起こしていない。それに、なれない環境で無理はさせたくない。
「おはようございまーす······」
誰もいないにも関わらず、小声で共有スペースへ挨拶を投げ掛ける。まぁ、もちろん返事は返ってこない。誰もいないしね。
むしろ返ってきたら、怖い。
俺はその状況に少しほっとして、表情を引き締める。
「よし。誰もいないし、掃除しちゃおう」
小さく胸元でガッツポーズを作り、俺は共有スペースを見回した。
惨憺たるもの、ほどではないがこれでは衛生上の問題で食事はしたくない空間だ。取り敢えず、俺は床にあるゴミ類を拾っていく。まとめるための袋も備え付けているし、今日はちょうどゴミ回収の日らしい。
壁に張り紙してある。
月・金 ゴミ回収日
第三火曜日 資源ゴミの日
などと、割りと細かく書かれている。しかし、ペットボトルとかプラスチック類がないこの世界は、案外分別が楽そうだ。
ついでに、散乱していた本をテーブルに避難させておく。それから、まとめたゴミ袋の口をしっかり閉めて、ゴミ回収の部屋へ運び込む。ちゃんと分別のマークがあるから、分かりやすくていいなぁ。
「ゴミはそんなになかったなぁ。んー、あとは本棚整理とか?」
ゴミ回収の部屋をあとにして、俺はまた共有ルームへ戻る。そもそも、俺自身が物をたくさん持つ訳じゃないからなぁ。
テーブルに一時避難させていた本のまとまりを見つめ、俺は首をかしげる。どれも似たような内容っぽいし、扱いが悪いせいなのかページも抜けている本もある。
「俺の魔法って、無機物にも適応できるかな······?」
そう呟き、誰も周囲にいないことを確かめる。
ちょっとだけなら、試してみてもいいかな······?
俺はページが取れかかっている本を一冊手にとって、指先だけで触れる。すると、綿雪程度の光が生じ、一瞬だけ淡い金色に輝いた。それから、俺の指がなぞった部分がスルスルと滑らかに、もとの形になった。とは言え、年期の入っているものだから古っぽいのに変わりはないが、これはこれで愛嬌がある。
俺は満足げに微笑んで、他の本にも指先だけで触れていく。
まぁ、全部ではなく少し危なそうな本だけだけど。
「本棚にあとはしまうだけ、かな?」
俺は治した本を重ね、共有スペースの一角にある大きな本棚へ向かう。踏み台があるくらいだから、結構な大きさだ。そもそも、この共有スペースは吹き抜けになっているから広く感じる。
「······日焼け、させていいのかな?」
本は日焼けとかに弱い。虫干しとか定期的にやる分には構わないんだろうけれど、どうしても気になる。
でも、下手にいじれないし。
さっき、魔法で無機物治癒してた人間が言えないことだけどさ。
「おっはよー!」
バァンッと、共有スペースの扉が大きな声と共に開かれた。
俺は驚き思わず叫び出しそうになる。というか、持っていた本を落としそうになって、それを庇ったら尻餅をついた。
「ぃ······!」
あまりの痛さに表情が歪んだ。それと同時に、明るい声で挨拶をした人物が見えた。その人物はポカンとした表情をして、それから焦ったように俺のもとへ走ってくる。
「ごめんね、ビックリしちゃったよね」
その人物は俺に手を差し出し、思ったより強い力で俺を立たせる。俺は落ちた本を気にしながら、彼を見る。
当然ながらここは男子寮なので、女子はいない。たとえ、彼が女の子に見えても。
「大丈夫、ちょっと痛いだけ」
「そっかぁ、大事なくてよかったよ」
彼はにぱっと笑って、落ちた本を拾うのを手伝ってくれる。確か、彼の名前はリリアンだったかな。アッシュグレーのふわふわヘアーに、小動物みたいな澄んだ瞳。極めつけには女子の制服をこれでもかと改造した、フリルとレースのオンパレード。
これが似合うって言うのがビックリで、彼の女子と大差ない身長も彼のカワイサに拍車をかけているのだろう。俺たちの世界では”男の娘”と呼ばれていたんだっけか?
「ゴメンね。他のみんなは起きてないはずなのに、気配がしたから」
「驚かせたのは俺だった?」
「ううん。君は悪くないよ。」
お互いに謝罪をしあっている。その間に本棚はきれいに整頓されていた。てきぱきと、手際よく二人で進められた。
すると、リリアンは俺を見て不思議そうな顔をした。
「君は今日当番じゃないでしょ? どうしたの」
リリアンの問いかけに、俺は苦笑した。別に秘密にした訳じゃないけど、先にリリアンが勘づいたみたいだ。
「あー、わかった。僕もここに来たとき同じこと思った、汚いねぇなって」
スッパリと、リリアンはそう言った。見た目に似合わず毒舌らしい。まぁ、気にはならないけど。
俺は曖昧にうなずいて、キッチンを見る。
「朝御飯って、今日は誰が作るの?」
「ん? 確か、バードだったかな。でも、たぶん食べれないよ。
バードはご飯支度なんてしないし、他のみんなもそう。外食が基本だよ」
俺は首をかしげる。その動きにつられてか、リリアンも首をかしげた。そこで気がつく、ここじゃあ当番制度なんてあってないようなもの。機能していないシステムだって言うことに。
「じゃあ、俺が作ってもいいかな?」
俺はそう申し出る。
だって、俺は貴族じゃないから外食生活なんて送ってたら破産してしまう。それに、この国の財政難は貴族には深く浸透してないみたいだし。
すると、リリアンがキラキラと瞳を輝かせた。
「ホント!?」
「えっ、うん」
詰め寄られ、俺は気迫に後ずさる。すると、両手をがっしりと捕まれた。
「じゃあ僕も手伝うよ!」
早くも嫌な予感がしたのは、気のせいでしょうか。
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