第54話 男子寮の内情とか、あんまりなところ。

 グランを追いかける形で、ジンと寮の中へ入る。


「ジン、まずグランについていこう?」


「······わかった」


 少し不満そうな顔をして、ジンはうなずいていた。俺はそれに苦笑して、大きな扉を潜った。たぶんリビングとか、共有ルームみたいなものだろう。着替えとかはもう自室に運ばれているらしいし、まずはここを知ることからかな。

 大きな扉を潜った先には、向かい合ったソファやダイニングが見えた。

 

「······グランがいってたことって、そういう」


 俺はそれよりも戦慄した。ここが俺の暮らすとこなんだとか、楽しみとかではない。家事をしない、または苦手という人間が集まるとこうなるみたいな集合体の部屋。通ってきた廊下はまだマシだった。

 ごみだってちゃんと捨てているのだろうけど、詰めが甘いというか。散らかりように絶望を覚えた。ジンが気にしていない風なのも気になるし、普通にくつろいでいる人がいるのも気になる。


「おい、邪魔」


 不意に背後から声がかかった。

 俺は驚き振り向く。だって、この部屋の惨状があまりにも酷かったものだから。

 振り向いた先には、仏頂面のメド。俺が扉の前にいるから、邪魔なのだろう。俺はそこからささっと避けて、ゴメンと謝る。すると、メドくんは不機嫌そうにフンッと鼻息を吐いた。


「お前の部屋は一番端の部屋。隣の奴はそのとなりの部屋。」


「え、あ、うん。わかった。」


 メド君の言葉にうなずく。すると、メドくんは自室へ戻るためにか、また歩き出した。すたすたと、結構なスピードで。だけど、俺としては引き留めなければならない。

 俺はメド君の手首をつかみ、彼の歩みを止める。


「ちょ、ちょっと待って!」


「······何だ」


 その不機嫌さに拍車がかかったような顔をして、メドくんは地を這うような低い声で振り向いた。

 

「あの、掃除とかはしないの?」


「は?」


 メドくんは俺の問いかけに、怪訝そうに眉を寄せたのか嘲笑したのか、その間くらいの表情をした。彼の金色の鋭い瞳が、俺を突き刺しているようだった。俺はその表情に一瞬怯み、話を続ける。


「えと、当番制って聞いたから。俺達の当番はどうなるのかなって、」


「知らない。」


 流石にこの部屋がひどいとは言えず、言葉を濁してしまう。その間に、彼は俺の手を振り払い自室の方向へ消えていった。

 俺はいたたまれなくなった気がして、苦笑する。最近、こんな感じで苦笑を浮かべることが増えたなぁ。もっと努力しなきゃいけないんだ。


「······はぁ。」


「ハル、一度部屋へ向かおう」

 

 ジンに服の裾を引っ張られ、我に帰る。それから、ジンを振り向いて弱々しく頷いた。

 そして、メド君が教えてくれた通り廊下の端、完全な突き当たりの部屋へ向かう。そのとなりはジンだし、割りと安心というかホッとする。そもそも、人数が片手で数えられるから部屋も余っているように見える。

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 部屋の中は案外きれいだった。一人暮らしが長いと、やっぱり気になるのは清潔かんなのだろうか。しかし、人数がいないからみんな個室とは、少し贅沢な気分だ。

 ベッドに机に小さな本棚、それからタンスとクローゼット。後半の二つはさほど大きいわけではないけど、荷物が多い人としてはありがたいのだろう。

 俺は荷物を開けて、着替えのシャツとかを仕舞いながら、ため息を吐いた。


「前途多難って感じ。掃除は早起きすればなんとかなるけど、」


 ついさっき、メド君に邪魔扱いされたのは堪えてくるものだ。弟妹たちならポジティブに乗り越えられるんだろうけど、俺はそうでもない。


 コンコンコンコン


 すると、突然扉が叩かれた。小さな、主張控えめの音だった。

 俺は扉のほうへ向かい、扉を開ける。訪ねてきたのはジンだった。もとから荷物は少なかったから、荷物整理に時間がかからなかったのかもしれない。


「······入ってもいい?」


 ジンはそれだけいった。少し戸惑っていると、ジンは俺の返答を待っているようで、俺の顔を見上げじっと見つめている。否定する理由も見つからず、俺はよくわからないまま頷いた。

 だって、訪ねてきて直球に言われるケースは考えていなかったから。


「いいよ、ある程度片付け終わったから······」


 俺はそう言って、扉を完全に開きジンを招き入れる。すると、ジンは安堵したようなため息を吐いた。


「うん」


 許可に頷いたのか、ジンはそう言った。そして、静かに俺の部屋の中へ入る。それから、何かを探すように部屋中をキョロキョロ見回して、ため息をついていた。


「ジン? とりあえず座りなよ」


 少し古い備え付けの椅子をジンに勧める。


「ん」


 すると、ジンは静かにうなずいて、その椅子へ腰かけた。なんか猫みたいで、警戒しているように見える。

 それから、俺もジンの向かいの椅子へ腰を下ろす。なにせ、出せるお茶とかはないもので質素ではあるが。それを気にしていたら、俺の性質上きりがない。


「ハル、おまえはここがどういう場所か理解してるか?」


 ジンはじっと俺を見つめる。紫水晶のような瞳が、真剣そうな色合いを帯びているのは彼が何かしらかを知っているからだろう。しかし、俺はその何かしらかを知らないので首を振った。


「······じゃあ、今から説明する。その方が、安全だから」

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