第47話 知らなければならないこと、知られたくないこと。

 俺は癒えた三人の傷を見て、安堵した。

 一番最初に目を覚ましたのは、ジンだった。その次にドナー、最後にイヴ。特にこれといった異常はなく、元気そうだった。


「ハル、話してもいい?」


 不意にジンが俺の顔を覗きこんだ。

 俺は話が耳に入っていなかったようで、周りの心配そうな表情が俺を見ていた。俺は申し訳なくなって、すこしうつむいた。


「うん、ごめん······。いいよ」


「ホントか? じゃあ、話すぞ」


 あきれた顔でドナーはそう言って、苦笑した。


「僕たち、ハルと一緒に魔方陣に乗ったでしょ?」


 ジンが確認するように、そう聞く。俺はうなずいて、話が始まるのだと自覚した。今は自分の力に関して、ウジウジ考えてなどいられない。

 

「うん、その筈だよ」


「はい。ハルは確かに私たちと魔方陣に乗りました。

 ですがそれからです。あのとき見えた光は、金色であるはずでした」


 俺はあのとき魔方陣に乗ったときの光景を思い出す。

 淡い金色の光の粒子と、光の花。それが俺たちを包んで、謁見の間へと運んだはずだった。その行程の何かが違ったから、俺たちは謁見の間で顔を合わせることができなかったのだ。


「あのとき私たちは、強大な闇に包まれました。」


「ああ、まとわりつくような不快な、寒気のする闇に呑み込まれた。

 そんで、レガルドって奴に殺られそうになった」


 ドナーは一番重傷だった腕を押さえた。その表情はそのときの苦痛を思い出しているのか、酷くしかめられている。


「あれは、多分。元王国魔術師のレガルド=ハーヴル」


 ジンがドナーの苦痛を取り次ぐように、淡々とそう言った。しかし、名前を知っているのは、彼がかつて王宮の暗殺者という運命を持っていたからであろうか。そう思っていると、ジンは瞳を細めていた。


「アイツは反逆者の疑いがかかってた。

 もしかしたら、モンスターを操って国を壊そうとしてるんじゃないかって」


「······モンスターを操る?」


 ジンの言葉に俺は目を見張った。

 そんなことは可能なのであろうか。だって、彼らにだって明確な意思はあるはずなのだ。

 そう思って、白髪さんとフロックさんを見る。


「可能かは分からん。······ただ、理性や自我を奪うことは可能だと、

 今回のことで証明されただろう」


 白髪さんが小難しそうな顔をして、細い顎に手を当てた。そして、彼の視線はフロックさんへと向かう。すると、フロックさんは苦笑して、少しだけ悲しそうな顔をした。

 

「出来るかは、主はんの言う通り分からん。だが、あの兄ちゃんは

 王国の魔術師やったんやろ? ほいなら、モンスターの調教くらい

 できても可笑しくはない、とワイは思うで」


 フロックさんの視線は、元王宮抱えの暗殺者であったジンへと向かう。

 ジンはいつも通り、スンとした無表情だ。だが、少しだけ何かを躊躇っている気がしてならない。

 そして、ジンは口を開いて、言葉を紡ぐ。


「確かに、上級魔術師なら調教も学ぶ。レガルドは中級だった。」


「······そか、違うんやな」


「しかし、天候や小動物を操ることができたらしい。

 噂程度ではあるが、そこから十分可能性はあると考える」


 一度否定する流れではあったが、ジンはフロックさんの仮説をはっきりと否定はしなかった。

 フロックさんはそれに弾かれたようにジンを見て、苦しそうな顔をした。それは、きっと操ると言う仮説を否定してほしかったからだろう。だって、被害の中に彼の友人がいたそうなのだから。


「ハル。お前たちが倒したモンスターの鑑定はしたか?」


「鑑定、ですか?」


 急に白髪さんが呟いたので、驚きながら聞き返すと彼はうなずいた。


「あぁ、お前の魔力なら鑑定したモンスターにかけられた魔法も、

 鑑定できるはずだ」


 白髪さんの言葉に一度はっとしたが、それができる状況ではなかったことも思い出す。一体目のカマキリの時、カマキリは倒した瞬間崩れ灰になった。その次の、四体に囲まれたとき、俺が燃やしてしまって跡形も残らなかった。

 

「······灰になったか?」


「えと、はい。」


 すると、白髪さんはやはりなと言って、白いまつげを伏せた。


「本当は我々モンスターは灰には”ならない”のだ。

 残骸となって、時と共に溶けていく。それか、弱小モンスターの餌になる」


「······例外がある?」


 俺の呟きに白髪さんはうなずいた。

 そこで絶望する。あの灰に感じた魔素。歪んで、元の姿とは明らかに違っていたであろうもの。

 

「てことは、魔法のせいで原理から外れたのか?」


 ドナーが白髪さんに向き合って聞く。


「おそらく、だ。」


「まだ、そうとは限らんっちゅう話やなぁ······」


 フロックさんが白髪さんの言葉を肯定するようにいった。それ以外の異常がこの世界に起こっている、あとはその可能性しか思い浮かばなかった。それか、ダンジョンのみが大きな変化をしているのか。

 だとしたら、それはすぐに伝えなければならないのだろうか。ザックさんに、だろうか。


「ハル。外に帰ったら、誰かに伝えろ。お前には騎士の知り合いがいるだろう」


「え、何で知ってるんですか?」


 白髪さんが不敵に笑う。

 俺は苦笑を浮かべて、うなずいた。なるほど、ダンジョンボスは地獄耳らしい。そういうことにしておこう。

 それに、悪い人ーー悪いモンスターではないみたいだし、ここは彼の言う通りにすべきなのだろう。


「私達もできるだけ協力するといっていたと、伝えてくれ。

 仲間が殺されたままじゃ、寝覚めが最悪だからな」


「は、はい」


 返事をすると、白髪さんは満足そうにうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る