第46話 殺されるのはごめんなので、過重包装してでも!
レカルドは魔法を放つ。
その波状に見えるなにかを避け、俺は脇差を鞘に納めた。何か、よくないことが起こる気がしたのだ。それは当たっていたようで、俺が避けた床は、ドロリと溶けた。熱ではないけど、目の前の床が溶けたのは魔法であろう。
「いい判断をしたね、キミ」
レカルドが三日月のように唇をつり上げ、俺を睨み付ける。そのドロッとした視線は、蛇にとらわれたような気分になる。ただ、蛇のそれとは違うのは不快感がまとわりつくことだ。
「貴方の目的は?」
俺は予想以上に冷たい思考で、レカルドに問いかける。
すると、レカルドは眉をしかめた。それは、予想外で俺は驚く。
「そんな面白くないこと聞くなんて、案外つまらない」
レカルドはそんな不意に呟いた。
憎悪に近いその表情に俺は一瞬怯み、魔力を集中させる。
「もういいよ。ワタシはもう帰る」
レカルドの言葉で、彼は一瞬で目の前から姿を消した。
それと同時にドナーたち三人が現れた。三人はレカルドがいっていたように、確かに重傷を負っていた。肉をえぐるような傷や、派手な火傷。イヴに至っては関節球体人形というせいか、腕が一本なくなっている。
「みんなっ!」
俺は三人に駆け寄り、レカルドが来ないか警戒する。
それから、影で様子を見ていたであろうフロックさんと白髪さんが現れる。そして、心配そうに俺たちの方へ駆け寄ってくる。
「ハル······。あの黒い奴に会ったんだな······?」
ドナーが痛みをこらえるように肩息をして、そう言った。俺は黙って、それにうなずいた。ドナーはイヴとジンを抱え、一人だけ意識を保っている。それも、何かあれば危うくなりそうだ。
俺はとにかく、抱えられているイヴとジンを下ろすのを手伝う。ドナーも傷が痛んで仕方ないだろう。溶けた床から離れた位置に二人を横たわらせて、ドナーも座らせる。
「ドナー、まず手当てをしよう」
「そうだ。それからゆっくり話すと良い」
白髪さんも俺たちを見てそう言った。
ドナーは彼を警戒するようにじっと見つめて、ゆっくりをうなずいた。俺はその厚意に甘えて、回復魔法をかけることにした。回復魔法は体力を削るときもあるから、油断して意識を持っていかれるときもある。
だから、その申し出はありがたかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺はとりあえず、一番重傷だったジンを回復させることにした。本当は治せる傷は、自然の力で治す方がいいと言うけど。それに構ってなど、今はいられないのだ。
「ハルといったか。私も手伝おう」
不意に長い白い毛が見えた。白髪の人だった。
「えっ?」
「私は回復魔法を使えるんだ。そこの小僧を治すが、よいか?」
白髪さんはドナーを指差した。それから、俺の目を深紅の瞳で見据えた。
俺はうなずいた。すると、フロックさんもイヴのもとへ膝をついて、にこりと笑った。
「このコも、治るで。腕ならワイが造れるしなぁ」
フロックさんはそう言って、イヴを調べ始める。
「まぁ、お前の恩返しだ。怪我を治して貰ったからな」
穏やかな笑みを浮かべて、白髪さんはそう言った。それから白い手をドナーにかざし、目をつむった。
あ、魔法は人間と同じように使うんだ。
ドナーと白髪さんの周りに淡い空色の光の粒子が舞った。
今は安心しきって眠っているドナーの傷は、糸がゆるやかにほつれるように癒えていく。思わず見いってしまう。
それから、フロックさんを見た。
フロックさんは土属性の魔法なのか、イヴの肩口から腕ほどの枝を生やした。ちゃんと関節もあって、治ることが確約されていくようだった。
それからフロックさんはどこからともなくヤスリのようなものを出し、その枝を腕や手のかたちに削っていく。その造作は鮮やかで、見ていて飽きないものがあった。
「俺も頑張らなきゃ。······ジン、今治すから」
俺も魔力を集中させて、ジンへ手をかざした。
一番の重傷は足だった。骨が折れていなくてよかった、そう思ったほどヒビが入っていたのだ。それから、ふくらはぎの肉が削げ落ち、血液を大量に失っている。心なしか、体温も低い。
ごめんね。
俺は目をつむった。
まぶたの裏にフワリと、淡い金色に光る綿雪が見えた。俺は深呼吸する。すると、身体からどっと力が奪われていく。魔力を大量に消費している、というサインだろう。
俺は目を開いた。
すると、ジンの周りには桜の花びらほどの淡い金色の光が舞っていた。今までに見たことのない、大きな光だった。
その光は辺りを包み、イヴやドナーも包んだ。
「やはり、異世界からの贈り物か」
そんな呟きが聞こえた気がした。しかし、辺りを包む光が強すぎで、そんな呟きはすぐに忘れてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
辺りを包んでいた光は、数秒もしないうちに発言させた俺のもとへと収束した。
すると、イヴとドナーの傷もちょうど治っていた。
白髪さんもフロックさんも回復させるのが早いなぁ。
「二人とも、回復魔法の収束が早いんですね」
「············」
そう言ったのが悪かったのか、白髪さんが俺をにらんだ。いや、もとからの目付きのせいか、睨まれているような気がするだけなのだろう。
「今のは、お前の魔法が一瞬で治癒したのだ」
白髪さんがそういいながら、イヴの方を見た。
「フロックは回復魔法は使っていない。作業も時間がかかるものだった。
だが、今のお前の魔法ですべてがキレイに治ったのだ」
俺は彼の言葉に首をかしげた。
俺の魔法がジン以外の、ドナーやイヴにも影響を及ぼした。そんなことは、あり得ないことなのだ。対象に向け、対象のみの影響を与える回復魔法や、異常付与魔法。俺は今、それを使っていたのだ。
「そう怖がるな。魔力の暴走という可能性もあるからな」
白髪さんは俺の恐怖をたしなめるように、そう言って微笑んだ。
魔力の暴走はまれに起こることだ。それも、精神に支障を来していたりと理由がある。俺は、何も理由がなかった。
そこで思い当たる。幻のステータスが原因なのでは、と。
Lv.0。そんなステータスが、魔法で暴走ともとれる影響を及ぼしているのではないのか。誰にも話すなと、ザックさんに言われたとき疑問に思っていた。
しかし、今ははっきりと理解してしまった。平常で、こんなものを招き起こしてしまうと。自分の力が、怖くなった。これが回復魔法だったらよかった。でも、攻撃のための魔法だったら?
「どうした」
白髪さんが不安げに俺を見る。とっさに苦笑を浮かべたが、隠せてなどいなかったのだろう。白髪さんは眉を寄せた。
しかし、触れないようにしてくれたのか、いつも通りに戻る。
それが、今はありがたかった。
これから、俺はどうすればいいのだろうか。
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