第45話 絶望と切望の果てに、俺は突き落とされる。

「良いだろう。私達に遭ったことを説明する」


 白髪の人は静かにそういった。

 俺が、彼らに何があったのか説明を求めたからだ。しかし、彼の表情はいまだ優れず、どこか上の空にも見える。

 すると、その深紅の瞳と視線があった。


「数ヵ月前から、ギルドの人間らしきものが出入りしていた。

 私はその頃、さほど気にしていなかったが、ことが変わったのは二週間前。

 ダンジョンのモンスターたちが暴れだしたことだ」


「普段はみんな、よぉ大人しい奴等なんや。だから、ワイらはすぐに気づいた」


 白髪の人は静かに、怒りの感情を押さえているように見えた。フロックさんも同様で、その翡翠色の瞳にはグツグツと煮えるような怒りが宿っていた。俺は静かに、彼らの言葉に耳を傾けた。


「それは、あのギルドの人間らしきやつのせいだろうと、私達は踏んだ。

 しかし、フロック以外の部下は皆、同様に自我も記憶も隠してしまった」


「······もしかして、あの四匹の巨大カマキリも」


 自我を忘れ記憶をなくし、暴れる。それに強化体という項目がつけば、思い当たる節はある。それが俺とドナーが苦戦して倒した、巨大カマキリだ。

 俺の問いかけに、白髪さんは静かにうなずいた。

 それで得心がいく。


「お前には見分けがつくのだな。

 お前たち人間が強化体と呼ぶ、あれのことだ」


 あぁ、やっぱり。そう思いながら、軽い絶望を覚える。あのとき考察していた、人間かモンスターかという話。結局は人間だったのだ。俺の心の奥底に、わずかに罪悪感が生まれる。

 もし、それに気づいていれば、あのカマキリを助けられたのだろうか。だとしても、もう遅い話で、俺のエゴでしかない。


「ハル。あんま、気に病まんといて?」


「そうだ。私達はお前を責めたいのではないのだから。

 そして、何があったのかだったな。

 ······私達はつい先程、その人物と接触したのだ。そして、この様だ」


 白髪の彼は自嘲するような、そんな笑みを浮かべた。エリアボスだからといって、油断していたと彼は呟いた。そして、彼はそれきり黙ってしまった。


「なぁ、ハル。お願いや、アイツを何とかしたってくれぇ······」


 フロックさんが俺にすがり付いて、そう言った。今にも泣きそうな彼の表情は、仲間を失った絶望と怒りがにじんでいる。

 俺は少し、思考する。

 きっと、こんな場面では悩んでいてはいけないのだろう。物語の主人公は迷わずに突き進んでいくのが、それが定石だから。

 でも、俺はそんなものにはなれない。栄光なんて似合わないし、力もない。けど、困っている人を見ると心苦しくなるのは、きっと俺から離れない呪縛みたいなものだ。

 今は一人だ。イヴも、ドナーもジンもいない。

 だから、好きにやらせてもらおう。


「うん、わかっt」


 返事をしようとしたとき、頬を何かが掠めた気がした。そして、間一髪で避けた先の壁に小さな穴が空く。

 俺は背後を振り向いた。それも一瞬、次の何かが飛んでくる。


 たぶん弾丸だ。

 そう思うのに時間はかからなかった。視界に鈍色の小さな物体が迫ってくる。俺はそれをもう一度避けて、謁見の間から繋がっている、大きな扉を見た。

 開かれた扉のもとには、ポツンとひとつの人影。


 あぁ、これが彼らをおとしめた犯人か。モンスターを異物で犯した、罪を罪とも感じていないであろうやつか。


「なーんで、避けれたのかぁ?」


 光を感じない虚ろな瞳が、艶すらない闇のような髪の毛が、野獣のような鋭い声音が俺に全集中している。

 俺は脇差を抜刀する。あれに躊躇してはいけない気がしたからだ。


「貴方が俺の仲間も連れ去ったんです?」


 俺は声を振り絞り、彼を見据える。

 きっと長い間、この平静さは保つことができないだろう。

 すると、やつは楽しそうに歪んだ笑みを見せてうなずいた。


「そうさぁ! ワタシがやった。まだ殺してはないけど、重症を負わせた」


 ドロリと、その声は俺の足元に絡み付くようだった。

 漢方薬みたいに甘ったるくて不味い。いや、それよりも不愉快で、生理的に嫌悪感を覚えるような話し方。


「面白いものを連れているんだね、君は。人形に、暗殺者、魔力装置」


 フフフ、と。やつは笑い、その一瞬で俺との隙を埋めた。

 その手には拳銃が二丁握られている。さめざめしい、真っ黒で光沢のあるその光に、恐怖があおられる。

 

「ワタシはーー、レカルドと言うんだ。宜しくね、御神託くん?」


 顎の先を彼ーーレカルドに捕まれ、顔をぶしつけに見られる。今にも鼻がくっつきそうで、不快感がわき出る。きっとレカルドは、俺が怒る、または感情を爆発させることを目的にこういうことをしているのだろう。

 しかし、人間相手なら容赦はしない。

 俺はレカルドの顔が近くにあるのをいいことに、思いきり頭を振りかぶった。それだけで、選択肢はひとつだ。俺はレカルドに思いきり頭突きをした。


「······ぁ」


 ドクドクと、レカルドの筋のとおった鼻から鼻血が溢れる。

 俺は少しヒリヒリする額を押さえ、深呼吸をする。しかし、レカルドは笑っていた。興奮でもしているのか、やや頬が紅潮している。それに俺はゾッとする。


「いいねぇ、きみ。思った以上だ」


 彼の目の色が変わった気がした。獲物をとらえに来るやつの目だ。

 レカルドは足元に拳銃を捨て置いて、俺のもとへふらふらと歩み寄ってくる。さすがにこの状況は怖い。つーか、何でこの人興奮してるのぉ!

 怖い以外の何者でもない。

 俺はスピードをあげて、走り出す。白髪さんもフロックさんも身を隠しててよかった。実は、彼が来たとき二人は一瞬で身を隠したのだ。


「うん、きめたよぉ。次は、君をかっ捌く」


 レカルドは波状の魔力を放った。

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