第44話 謁見の間にて、俺は残されるだけなんて。
その惨状と、仲間が誰一人いない状況。
喉の奥でヒュッと、恐怖と戦慄ばかりが走った。俺は瞳を閉じることができなかった。目を見張ったまま、目が乾いていくにも関わらず、ただその状況を理解できずにいた。
とりあえず、やっと動いた震える足を動かし、フロックさんと白髪の男性のもとへと駆け寄る。
「フロックさん、······だい、じょ、うぶですか?」
明らかに大丈夫ではない。
なのに呼吸のままならない口が先走って、そう口にしてしまった。俺は二人ーーあるいは二匹のモンスターのもとへしゃがみこんだ。そして、少しだけフロックさんの口許へ、耳を寄せた。
それから、俺は少しばかりの安堵を覚えた。
息はちゃんとしていた。同じく近くに倒れていた白髪の青年も、眉を寄せ苦しそうな顔をしていたが生きていた。でも、安心できないことに代わりはなかった。ドナーもイヴも、ジンもいまだに姿を見せない。
「ごめんなさい······」
俺は二人に手をかざした。
回復魔法を使おう。モンスターには大きな効果をもたらすときいた気がするし、きっと上級モンスターであろう二人には効果を存分に発揮できるだろう。
でも、こんな深い傷をおっているのなら、今までも回復魔法じゃダメなのだろう。今まで以上に、強い効果を見せる回復魔法を使わないと。そうじゃないと、二人が助からないかもしれない。
俺は自分の魔力に相談しようとする。
でも、そんなことをしている暇はなかった。
この場合は体ではなく、自分の意思と魔力が勝手に動いていた。二人が白い小さな光の粒子に包まれる。それから、柔らかな桃色の光。俺は全力で二人に魔力を注いだ。
これで回復すれば、行幸だ。
すると、フロックさんと白髪の青年の傷が癒えていく。ゆっくりとだが、確実に傷が塞がっていく。
「······っんぁ」
フロックさんの固く閉じていたまぶたが、プルプルと震えた。少し彼は咳き込んで苦しそうだったけど、目を覚ましたようだ。
「フロックさんッ!」
俺は彼の傍らまで行き、彼をゆっくりと起こす。意外とその細身からしっかりとした重みを感じた。体の力が抜けていたからだろうか。
すると、フロックさんは怪訝そうに目を開き、俺の方をじろりと見た。それは敵意に近く、見ているのは俺ではなく、他のなにか。俺は彼の顔をそっと、覗きこんだ。
「痛く、ないですか?」
「······ヴゥ」
苦しそうな顔をしながらうめき、フロックさんは俺の顔を寝ぼけ眼で見つめた。そして、やっと認識したようで、わずかに安心したようにため息をついた。それから、隣に横たわっている、いまだに目覚めない白髪の青年をボーッと見ていた。
「ハル、主はんは······?」
弱々しく白髪の青年を指差して、不安そうに彼はそういった。
俺は少し微笑む。そうか、やっぱりあの人がダンジョンボスだったんだ。
「大丈夫だと思います。回復魔法をかけたので······。
でも、まだ目覚めないんです」
そう言いながら、俺の気分は落ち込んでいた。
泥のように眠っているのか、昏睡したまま眠りから覚めることができないのか。もしかしたら、俺の魔法が悪い影響を与えてしまったのではないのだろうか。
そう思っていると、フロックさんは苦笑した。
「あぁ、主はんの眠りは深いんや。んま、気にせんといてもえぇよ」
体を支えていた俺の腕を支えに、彼はふらふらしながら起き上がった。それから、主と呼んでいる白髪の青年に近づいた。
それから、小さいため息をこぼした。
俺は、その弱々しく震える背中をじっと見つめていた。何も言えなかった。俺にそんな体験はなかったから、フォローのしようがなかった。
「なぁ、ハル。」
不意に、振り向いたフロックさんが俺を見た。それも、翡翠色の瞳に真剣さをうかがわせて。
俺はごくりと唾を飲み込み、彼の次の言葉を待った。
すると、急に彼は笑った。
「そんなに、気負わんくてもえぇよ?」
そうはいっているが、フロックさんの顔は少し硬い。
「ゥ······」
フロックさんが次の言葉を発しようとしたとき、呻き声が聞こえた。その声の主は、白髪の青年ーーダンジョンボスであろう人からだった。俺とフロックさんは同じタイミングで、ばっと彼の方を見た。
その青年はふるふるとまぶたを揺らし、ゆっくりと瞳を開いた。その瞳はゆっくりとフロックさん、それから俺へと向かっていく。
真っ赤な深紅の瞳。鋭い、その眼光に俺は少し怯む。獲物にとらえられたかのような、一瞬の視線だった。
「君が直してくれたのか······」
すると、青年はそういった。
か細い、喉になにかが絡んだような声。寝起きだから、声がまだでないのだろう。
「······す、まない。魔法をかけてくれたのだろう?」
「は、はい。まだどこか痛みますか?」
俺が聞くと、彼はゆっくりと首を振った。痛みはないらしい。まだ少し苦しそうではあるけれど。
俺はフロックさんの横につく。そこからはしっかりと彼の姿が見えた。
骨ばった白くて、ごつごつした細い手足。それから長い白髪と、白蛇のような取り合わせを思わせる深紅の瞳。それが細められた。
「感謝する。君のお陰で助かった、苦しかったんだ。酷く、な······。」
威厳のある作り物めいた顔立ち。
俺は彼の顔をじっと見た。その白い頬にはまだ、汗が伝っている。俺が来るまえのことを思い出したのだろうか。
「いぇ。俺はなにもしてないです。
でも、何があったか、教えてくれないですか?」
ここに来たときの惨状を思い出し、俺は二人を見つめた。
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