第40話 名無しの僕と、春色の俺?

 

 俺は少年ーージンと向かい合っていた。ドナーが一応警戒しているといってはいたが、疲れたのか眠ってしまった。なので、ドナーをテントの布団に運んで、この状態だ。

 ちなみに、イヴは食事を必要としないため、ずっとスリープモードだ。

 

 俺は魔法でともした炎を囲むように、ジンと向かい合っている。氷、霧のような顔立ちで、人間味を感じさせない人工物のようだ。


「ねぇ、ジン」


「······ん」


 じっとうつむいていたジンが、俺を見据えた。

 紫水晶のような透明感のある瞳に、俺は少なからず恐怖を覚えた。その瞳があまりにも、虚無に等しいものだったから。

 

「······なに」


 なにも聞かずにいたせいか、ジンは怪訝そうに俺を見ていた。それに、見た目のわりにジンは声が低いんだなぁ。

 そんな呆けたことを考えていたせいか、ジンの視線がじっと注がれている。俺は、少したじろいて苦笑いを浮かべた。少し、気まずい。


「あ、あの。これまで、どう暮らしてきたの?」


 一応というよりも、彼が王宮を追い出されたあとのことが気になったのだ。指名手配までかけられていたと言うことは、あまり人前には出られないだろう。

 すると、ジンはぼうっとしたような瞳で、灯火にしている炎を見つめた。聞いちゃいけなかったのだろうか。もしそうなら、前言撤回をするしかないだろう。


「······ん。宿屋を転々としてた。

 今は、······んー、宿屋のマスターに追い出されて、ダンジョンで稼ぎに」


 記憶を繋ぐように、ジンはぽつぽつとそう言った。

 お金がないと、ダンジョンに稼ぎに来る人もいるのか。まぁ、商人がこのダンジョンにある植物を商品にしているらしいし、それもあるんだろうな。

 でも、ジンは情報屋をやっていたって、言ってたような?


「······情報屋のことが気になるんでしょ?」


「えっ」


 ジンは気づいていたらしい。俺はその瞳をそらせず、おずおずと頷いた。気まずい訳じゃなくて、なんか触れてはいけないものだと感じていたからだ。俺は恐る恐る、ジンの目を見た。

 すると、ジンはその無表情を和らげた。

 

「ん。やってたけど。まぁ、指名手配かかってるから依頼が来ないんだ。

 ······政府に目をつけられるよりはマシだけどね」


 ジンは自らをさらけ出すように、静かに呟いた。俺は聞き取ってしまったから、一人だけの状況に悲しくなった。

 少年だっていうのに、なんでこんなに苦しい思いをしていなくてはならないのか。俺はジンの言葉に俯いた。街に帰ったら、俺は彼を守らなければならない。年齢も弟妹より少し上くらいだから、どうしても重ねてしまう。それに、独りぼっちを見捨てることはどうしてもできなかった。


「それに、王宮仕えのアサシンを追い出されたのは、僕の耳が悪いから」


「······それって、」


 俺がジンにパッと向き合ったとき、ジンは儚く溶けてしまいそうな笑みを浮かべた。


「······完全に聞こえないわけでは、ない。それに、視力は良い」


「······う、うん」


 俺は内容のわりに、穏やかな表情を浮かべたジンの言葉に頷いた。それを見ると、ジンは安心したように微笑んだ。初めて見る、その暖かな表情に俺は少し悲しくなった。

 すると、ジンはまた無表情になって、立ち上がった。


「今夜は安心して眠れそうだから、もう······寝る」


 俺があげたパーカー風のローブを着込んで、ジンは後ろ手を振ってテントへと向かった。

 俺はポカンとして、うなずいてその背中に手を振った。


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