第39話 黄水晶と紫水晶は、相容れない?
ドナーは俺を庇うように、俺を背に隠した。そして、床に突き刺さったナイフを引き抜き、少年に向き合う。
少年は辟易したようにため息をついて、ナイフとはちょっと違った対の刃を腰元から引き抜いた。
「はーあ、めんど······」
そう言いながら、少年はドナーの首もとに一瞬の早さで、ナイフを突きつけた。ドナーよりも背が低いせいか、少年はドナーを見上げ睨んでいる。しかし、その眼光は鷹のように鋭い。
しかし、傍らで理解ができないままいる俺は、二人の間に体をねじ込むように間にはいった。
「ちょ、ちょっと!」
「何で、止めるんだよ、ハル!」
ドナーが怒りっぽく叫んで、俺を引き剥がそうとする。俺はさすがにイラついていて、ドナーを睨む。
どうやら前いた世界では俺が睨むと、やたら怖がる人が多かった。まぁ、俺はたれ目ぎみだけど、前髪でほとんど目は見えないだろうし。
すると、ドナーが怯んだように黙りコクった。
「あのさ、ドナー。彼に刃を向ける理由を教えてくれるかな?」
さすがに睨むという行為が長くは続かない。俺はそういう表情筋を使うのは苦手だし。
ドナーはほっとしたような顔をして、少年をちろりと睨んで、頷いた。
「ソイツは、指名手配かけられてる、暗殺者なんだよ」
ドナーはそういった。表情はいたって真面目で、嘘をついているようには見えなかった。俺の頭にはドナーの話した言葉が反芻されている。
指名手配に、暗殺者。
俺は理解が完全にできなくて、少年を見つめた。すると、少年は観念したようにため息をつき、静かに頷いた。
「ホント。でも、今は暗殺からは足洗ったし。今は情報屋やってる」
表情は非常に面倒くさそうだが、言っていることに嘘はないだろう。少年は上目づかいに俺を見上げて、黙っている。俺は疑う気分にはなれず、ただ頷いた。ドナーがいっていたような危険な感じはないし。
「ぉ、おい。信じるのかよ!」
ドナーがそこに割ってはいる。
俺は首をかしげた。信じるも何も、俺はなんというか彼のことを知らない。この異世界に来て、俺は彼の指名手配書を見たこともない。
「俺は信じても良い、かな?」
「っ、でも!」
ドナーはすがるように俺を見た。
「俺はさ、この子の指名手配書を見たことがない。
それにね、足を洗ったといっていたし、あながち嘘でもないような
気がするんだ」
だから、信じろというのは烏滸がましいのだろうけど。俺は苦笑しながら、ドナーと少年を見比べる。
すると、ドナーは渋い顔をしながら、少年をにらむ。
グウウウウゥウキュルルルル
不意にそんな音がしたと思ったら、少年が俺から目をそらした。その顔は心なしか赤い。
「お腹減ってるんだね?」
「······ぅん」
少年は微かにうなずいて見せた。
俺はフフフッと笑って、鍋の中身を暖め直し始める。魔法で火をつけて、ポーチからお皿とスプーンも取り出す。
「おい、良いのか!」
ドナーが俺のつかみかかるようにそう言った。俺はドナーに微笑んで見せた。そして、頷いた。
「大丈夫でしょ?
それにお腹空いてるんだったら、食べさせてあげた方がいいよ」
俺はドナーにそう言いながら、少年を見据えた。危険が及べば、魔法を使って身を守れば良いんだろうし。
「あ、ねぇ名前は?」
俺は不意に彼の名前を全く知らないと思い、彼に聞く。すると、少年は驚いたように目を見開いた。俺はそれを不思議に思い、ドナーを見た。
すると、ドナーは気まずそうな顔をした。
「ソイツ、名前がないんだよ。
と言うか、この国の暗殺者は名前を剥奪されるんだよ」
どうやら、この国の暗殺者はもとの名前を剥奪され、思い出すこともできなくなるそうだ。思い出せなくなるというのは、どうやら人を殺すという行為に衝撃を覚え、その衝撃に乗じて消されるのだそうだ。
俺は少年を見た。どういって良いのかわからず、彼に謝罪する。
「ご、ごめん。知らなくて······」
「······名前はどうでも良い。いらない」
少年は無表情のままそういった。俺は少し悲しくなって、カレーをお皿に盛り付けながら俯いた。
すると、少年は察したように俺の顔を覗きこんだ。
「······アンタが嫌なら、名前つければ?」
「はぁ?」
少年の一言に、ドナーは信じられないといった風に目をひんむく。俺は驚いて、盛り付けに使っていたお玉を取り落としそうになる。
「おい、コイツに忠誠でも誓う気かよ!」
ドナーのその一言に、俺は吹き出しそうになる。というか、一瞬で口の中が乾いた。
忠誠って!
「······別に。住む場所もないから、飼われてもいいと思っただけ」
「······え?」
俺は目を見開く。
隣ではドナーがあきれたようにため息をついている。
「住む場所ないの?」
「そこかよ、ツッコミ処は!」
ドナーが怒鳴るようにいった。しかし、それを気にも留めず、少年は紫の髪の毛を揺らして頷いた。俺は、少し戸惑ってしまう。
住む場所がなくて、名前もないなんて悲しい。俺のエゴだけど、彼を引き取るという選択肢があるなら、俺は真っ先にそれを選ぶ。
「うん。分かった、流石に飼いはしないけど。
家に来ると良いよ、まぁ、このダンジョンを踏破したらだけど······」
すると、少年は俺を疑うように見た。
まぁ、ザックさんに報告したら怒られるんだろうなぁ。でも、見捨てたら、桜島家の長兄の血が廃ってしまう。
「······ハルが良いなら、納得するけど」
自棄になったのか、ドナーは不満そうに呟いて俺からお皿をパンを受けとる。少年にも渡す。少年はまじまじと俺を見て、不思議そうな顔をした。
「······アンタ、信用されてるんだな。
んで、僕の名前は?」
お皿とパン、スプーンを受け取った後、少年は俺を見据えた。その視線は俺を試すようで、少し居心地が悪い。
彼の名前。この国の名前として合わせたほうがいいんだろうな。
俺は顎に手を当てて、考え始める。
彼が餓死しないためには、この方法が手っ取り早いんだろうしね。
「えと、ジンはどう、かな? ······ですか」
俺は振り絞って、やっと合致したイメージを口にする。
すると、彼は目を細めた。
ドナーも様子を見守るように、カレーを食べながら見ている。
「······うん。今日から僕はジン、だ。」
少年はーージンは俺を見て、微笑んだ。実感するように胸元で拳を握って、愛しそうに呟いていた。
「明日から、僕はアンタの手伝いをしよう」
ジンのその表情はどこか嬉しそうだ。少し謎めいていた彼に近づけた気がして、俺は少しだけほっとした気分だった。
それに、彼が暖かい布団で睡眠できるようになれれば、もっと嬉しい。
早く街に帰る理由が、ひとつ増えた。
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