第37話 井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る。

 俺が握手を返すと、そのまま彼――フロックは俺とドナー共々引き起こした。それから、ジッと俺の手をまじまじと見つめる。


「ハル、言うんやな♪ 此れからも、仲良くしたってな」


 フロックは人の良い笑みを浮かべて、俺の手を離した。俺は否定も肯定もできず、ただうなずいた。

 すると、フロックは嬉しそうに笑みを輝かせて、ふわりと姿を消した。

 いや、カエルの姿に戻ったのだ。それもさっき見た大きなカエルではなく、雨ガエル程度の小さな姿に。


「ほなね。また、おおきに」


 小さな雨ガエルはピョンと、俺たちの足元で跳ねてどこかへ消えてしまった。すると、ドナーがやっと動くことを思い出したように、瞬きをした。

 それから、俺にもたれ掛かったままため息をついた。


「驚いて声も出なかった······。」


 それから、そう呟いて、ドナーは俺を見上げた。そりゃあ、巨大カエルに呑み込まれそうになって、そのカエルが人の姿に化けたのだから。

 俺はダリアで慣れた、というよりも慣れざるを得なかったからあんな感じだったけど。大抵の人の反応は、ドナーに帰するのだろう。イヴもやっと動けたようで、俺たちのところへ駆け寄ってくる。


「ハルは、よく平然としてましたね。大事ないですか?」


「えと、うん。何もなかったよ。

 むしろ、ドナーの方が衝撃だったじゃないかな?」


 俺がそういうと、イヴはほっとしたような顔をした。

 俺は苦笑して、ドナーに向かって手をかざす。とりあえず、ドナーんびしょ濡れの服を乾かさなければならない。いくら装備品といっても、完全撥水とは限らないし、濡れたままだと風邪もひく。

 

「ドナー、もうちょっとそのままでね?」


 頭のなかで風の魔素を思い描く。そよ風のような渦巻きと、洗濯機の乾燥モード。洗濯機じゃなくて、乾燥機か?

 とりあえず、ドナーの服を乾かすべく、魔法を発動する。


「おぉ?」


 ドナーは感嘆の声をあげながら、服が乾いていく様を楽しんでいるように見える。

 まぁ、こんなものか。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺たちは、ステージ3の安全地帯へ向かうべく休憩を挟み、進んでいる。

 ここで説明すべきなのは、ステージは進むごとに広くなっていき、大きなダンジョンほどステージ数は増え、階層というものができるのだ。

 水晶の森のステージ3からは、安全地帯は二つになるらしい。それ以降のダンジョンはステージも増えるため、安全地帯の数も増えるらしい。


「しっかし、何でハルはあいつと会話できたんだ?」


 ドナーが乾いた服をまだ気にしながら、俺に聞いてくる。

 ニュアンス的には、何でフロックと怖がらずに会話できたのか、みたいな感じなんだよなぁ。二人とも、ちゃんと言葉は通じていたみたいだし。

 俺はうーんと、少しだけ悩む。

 

「何でだろ? 

 俺はさ、モンスターに会話できるやつがいるって知ってるから。

 話が通じるやつがいるって、案外安心するからかも」


 あ、答えになってないや。

 そう思いつつも、別れて二週間ほどのダリアを思い出す。ダリアは俺に優しくしてくれたし、それに友達だっていってもくれた。その分の誠意も見せてくれた。それだけ、彼が俺を認めてくれたってことなんだろうけど。

 すると、ドナーは悲しそうに少しだけ俯いた。何だろうか、その顔はどこかモンスターへの憎悪として向けられていた気がする。


「ハルは、モンスターも信頼できるんだな?」


 今までにないくらい、限りなく無に等しい表情で、ドナーはいった。イヴは何も言わずについてくるが、ドナーを警戒するような視線を向けている。


「信頼、ではないかも。俺のエゴでしかないからさ。

 見捨てるのは、哀しいし、性に合わない気がするんだ」


 そんなドナーの表情を見て、家族を守るために視野が狭かった頃の自分を思い出す。あの頃は、家族に守られていることも知らなかったし、傷付けていた。そんな自分がいっそ恥ずかしいと、今になって気づくものだ。

 ドナーは違うのかもしれないけど、どこか彼の表情には既視感を感じた。


「ハルらしいな」


 そう言って、ドナーは皮肉げに笑った。

 それからはっとしたように俺を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。


「悪い······。あたるつもりはなかったんだ」


 いつもみたいな雷鳴のような勢いは、今のドナーにはなかった。だからか、俺はドナーの頭にてをおいた。ドナーは叩かれるとでも思ったのか、怯むように目をつむった。

 俺はそのままドナーの頭を撫でる。


「気にしてないよ。こういうのはなれてるから、さ」


 俺はドナーに笑いかける。

 すると、ドナーは驚いたよう見目を見開いて、それから照れ臭そうに顔を赤らめた。


「ったく。······子供扱いはすんなよ!

 俺はお前と同い年なんだよ!」


 そう言って、ドナーは叫ぶ。

 良かった。いつも通り元気そうになった。


「あはは、ごめんって。つい、」


 俺はそんなドナーを見て、笑みがこぼれた。弟妹も今じゃ撫でると、同じようなことを言うから、つい笑ってしまった。

 すると、ドナーはさらに声を荒げて、怒ったように頬を膨らませる。

 そのやり取りを、イヴが羨ましそうに見ていたから、手招きをしてみる。すると、イヴはためらいなく近寄ってきて、少し嬉しそうな顔をした。


「ドナー、気にしないでよ。今は一緒に冒険をしてるんだから」


 俺はそう言いつつ、ドナーとイヴの頭を撫でる。

 ドナーは抵抗する気を失ったのか、無言でプルプルと震えている。イヴは嬉しそうに目を細めて、もはや猫のようだ。

 なんか、二人といると弟妹たちのことお思い出すんだよな。だから、俺なりの甘え方で、少しだけ癒させてもらった。口には出さなかったけど、しばらくすればバレてしまうんだろうし仕方ないか。


「さて、第一安全地帯を目指しますか!」


 俺は十分癒されて、そう言った。気合いは十分。

 ドナーはくしゃくしゃになった髪の毛を押さえながら、表情を引き締めた。イヴは髪型を崩さないようにしていたので大丈夫だったが、なぜか頭を押さえてうなずいた。


「おうよ! 明日のうちに、ステージ4を目指そうぜ!」


 ドナーは回復したようで、雷鳴のような声でそう叫んだ。良い笑顔で、彼は駆け出していく。そんなに急ぐと、さっきみたいなモンスターの夕飯になってしまう。

 俺は苦笑して、ものすごいスピードで駆けていくドナーを見た。それから、イヴの手をとって、置いていかれないように走った。

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