第36話 緑は危険な色って、決まってないでしょ!
俺たちはステージ3へと足を踏み入れた。森のように深い碧ではなく、海のように鮮やかな碧が辺りを包み込んでいる。
「なぁ、ハルは何でこんなとこに居るんだ?」
「へ?」
不意にドナーが俺の顔を覗きこんで、そう聞いた。イキナリ過ぎたもので、俺はすっとんきょうな声を発してしまう。すると、イヴも気になるのか、じっと俺に視線を送っている。
「だって、街で暮らしてたんだろ?
だったら、何もねぇ限り、ダンジョンには来ないだろ?」
ドナーが不思議そうな顔をする。俺は首をかしげた。この世界に来て日が浅いから、そんな常識はほとんどない。一応、本に書かれていることとか、人から聞いたことは覚えるようにはしているが。
「うーん。もとは第一ダンジョンの向こうの山小屋に住んでたんだけどね。
知り合いに頼みごとをされて、断れなかったんだ。
で、今回もそんな感じ、なのかな?」
事実は少しぼかして、話す。別に嘘をついているわけでもないし、俺としてもこのダンジョンにいる理由をはっきり理解していない。
すると、ドナーは片眉を上げて、ふーんと言った。その表情はどこか探るようで、得たいの知れないなにかがあった。
「ハルって、すぐに騙されそうだよな!」
そして、ニカッと良い笑顔でドナーはそういった。イヴも同意するようにうなずいている。
は?
俺、そんなこと言われたら流石に傷つくよ。
「そんな顔すんなって!
お人好しなところは、お前の良いところなんだからよ」
思いきり背中を叩かれた。三人で行動しているから、先頭も最後尾も距離はそんなに遠くない。そして、何気にドナーの力が強いから、背中がいたい。イヴがあきれたように見ているのに、ドナーは気づいていない。
「んー、そういうことなら嬉しいんだけど······」
俺はドナーの言葉に照れ臭くなりつつも、少し複雑な気分になる。まぁ、ドナーに悪気はこれっぽっちもないんだから、怒る気も起きないけど。
すると、目の前になにかが見えた。
俺としてはあり得ないとしか思えないものだったが、それは今、ドナーとイヴの視界にも入ったことだろう。
「敵か?」
ドナーは眉をひそめた。イヴもナイフを構えている。
その影は、巨大カマキリほどではないが、人一人呑み込めそうな体をしていた。横長の瞳孔が俺たちをとらえた。
「カエル、かな?」
緑色のプルプルとした巨体。ペタペタと足音をならしながら、俺たちの方へと近づいてくる。どうもそれに敵意はないようだが、あまりの巨体に進路が塞がれている。
すると、大きな口がパカリと開いた。
「······え?」
そう言ったのは、ドナーだった。その瞬間、ドナーは吸い込まれるようにカエルの口へと消えた。
いや、吸い込まれたのではなく、カエルの長い舌に巻き取られてしまったのだ。
「ド、ドナー!」
俺は叫ぶ。
ドナーの抵抗もむなしく、カエルは口を閉じてしまったのだ。カエルはプルプルな唇をムグムグと動かす。
それが、数秒したとき。
カエルの咀嚼のような動きが止まった。
「ふぇ?」
すると、カエルは口を開いた。
"あ"ー、寝惚けて、不味いもん食ってしもた"
カエルはベロッと、ドナーと吐き出してそういった。
ドナーは地面に落ちて、不憫なくらいにビチョリとしている。
「ドナー、大丈夫!」
「うん。······めっちゃ、気持ち悪い」
真っ青な顔でドナーは言った。すると、カエルが俺たちを見下ろした。
"ホンマすまんかった。腹減ってた上に、寝起きやったから"
緑色の巨体を揺らして、カエルがしゃべる。その光景に、ドナーは目を見開いた。
カエルはそれを見て、しまったとでも思ったのか少し首をかしげた。その周りに緑色の粉雪が舞う。その光景をどこか懐かしいと思ったのは、気のせいだろうか。
否、気のせいではなかった。
何故なら、カエルが人間の姿に化けたからだ。あの独特の粘液の名残はなく、カエルらしい緑色の髪の毛を揺らして、ニコリと笑って見せた。
青年の姿で、糸目の瞳からは真っ赤な色が覗いている。手足は細く、爬虫類的ななにかを感じさせた。それから金縁の丸眼鏡を押し上げて、頭をかいている。
「いやぁ、急に喋ってしもたわ。」
「······しゃ、喋った!」
それに対して、ドナーはそう叫んだ。ただでさえ大きな声が、辺りに響き渡った。カエルーー今は青年の姿だがーーは、驚いたように目を見開いて、耳を塞いだ。
「あの、もしかしてエリアボス?」
俺はドナーをたしなめるように背中を撫でてあげながら、緑色の髪の毛をした青年に問いかける。
すると、青年はいいやと、首を左右に振った。
「ワイはこのダンジョンのボスの、側近やねん」
「······側近。」
俺の呟きに、彼はうなずいて見せた。
「せや。あん人に気に入られてな、人の姿をもろたんよ」
へぇ、と俺は相づちを打つ。ダンジョンのボスにはそんな力があるんだなぁ、と不思議な気分になりながら彼の話を聞く。
「あんさんらは、冒険者やろ?
ワイは、いっつも殺されそうになるもんやから、お話しできて嬉しいわぁ」
弾けるような笑みを浮かべて、彼はいった。ドナーもイヴもポカンと口を開けて、その姿を見つめている。
「いつもは、お話ししないんですか?」
「せやなぁ、問答無用で飛びかかってくるやつが普通やもん」
ケタケタと、彼は笑いながら俺たちを眺めるようにしてみている。というよりも、俺を見定めるようにしてみている。
俺はその目をそらせず、体がこわばっているような感覚がした。なんというか、彼に見られているのに居心地の悪さを感じる。
「あんさんは、動じへんなぁ。怖くはないんか?」
「えと。第一ダンジョンで、会ったことがあるので」
すると、彼はさらに目を見開いた。
「ダリアはんが、人の姿を見せたんか······。はぇー」
すると、彼はまた目を細めて、俺に顔を近づけて俺の顔をじっと見つめる。俺は不思議な気分で、驚いたまま地面に横たわっているドナーを起こせずにいた。つまり、体を支えたままの状態だ。
「ありゃ、自己紹介をしてへんかった。
ワイは、フロックや。コートの名前ちゃうで?」
人のいい笑みを浮かべて、彼は俺に握手を求める。
俺はその手を握り返した。
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