第35話 迷わず向かった先にも、地獄はあるんだ!

 俺とドナーの手当てを終え、また向かわなければならなくなった先の道。俺は鬱々としながらも、黄水晶の道を歩く。ステージ2にも長い間留まっている訳にもいかない。

 安全地帯以外は、モンスターが闊歩する道なのだからだ。

 それに、ステージ2には安全地帯はひとつしかない。つまり、今日のうちにステージ3に入っておきたいのだ。


「次のステージは昆虫系が減るぜ。

 その代わりに、爬虫類みたいなのがワンサカ居るけどな!」


 ややご機嫌そうに、ドナーは言った。イヴが嫌そうに顔を歪めた。何となく、分からなくもない。その類いは嫌悪感をそそるものだからだ。俺は特に気にするわけでもないが、蛾は苦手だ。あの羽の模様がたくさんの目に見えるから。


「強いの?」


「んー、戦ったことはねぇけど、知性は在るらしいな?」


 少し不思議そうな表情をして、ドナーは首をかしげた。それをイヴが補足する。


「大抵のダンジョンは半分を過ぎた地点から、

 知性を持ったモンスターも現れます。

 ただ、一番最初のダンジョンはエリアボスしか知性を持ちません」


「へえ、成る程ね」


 俺はイヴの説明にうなずく。つまり、魔物の森ではダリアのみが知性を持つ。そして、水晶の森ーーここでは次のステージからモンスターに知性が与えられている。そして、最終ダンジョンはすべてのモンスターに知性が宿っている。

 最後の項目に関しては俺が調べたことだから、実感はない。


「じゃぁ、戦闘が少し難しくなるんだ?」


 俺は二人を見て聞く。

 イヴはたぶんと、言いながら首をかしげた。イヴはまだ戦闘に参加していないから感覚がつかめないのか。

 対照にドナーは苦笑していた。


「そうなるんだけど、まだあの場所に行ったことはないんだ。

 オレ一人でいくと、死ぬのは確実だしな」


 先程怪我をした手首を押さえながら、ドナーはフッと息をはいた。


「そうだよね。二人のためにもレベルをあげるのに専念しなきゃ」


「おぉ、そうしてくれると有難い!

 ま、無理はすんなよ」



 俺の呟きに、ドナーは嬉しさ半分、あきれ半分な表情を浮かべた。イヴも気にしないでください、と言って困ったように微笑んでいる。


「お前がなにかを殺したりすんのは、シックリ来ないんだよな」


「はい。悲しそうなお顔をなされるから、心配になります」


 二人がじっと、俺の顔を見た。俺はちょっと気まずくなって、苦笑した。確かに、いまだにモンスターの命にさえ刃をたてることを躊躇っている。いくら嫌われているからと言って、簡単に命を奪うと言う行為が怖いのだ。

 さっきから気になっていることも、二人に言い出せていない。あの強化体の正体すらも分かっていない。きっと、大事なことなはずなのに。


「······あはは、そんなに心配しないでよ。ほら、出口。

 いや、入り口が見えてきたよ」


 俺は話をそらすように、見えてきた空洞の入り口を指差した。二人は指差した先を見る。


「やっと、か。」


 ドナーは表情を引き締めて、呟いた。乏しい表情のイヴも、今は少し緊張しているように見えた。心なしか俺の心の隙も、引き締まる。

 あの先に、もしかしたら強化体をもたらした何かが居るのだろうか。そうだとしたら、少し許せない。生命に抗うことは、悪いことな気がするから。腰に差した脇差を軽く指で撫でた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ザワザワザワザワザッ


 ステージ3はどこかそんな音がした。葉っぱが擦れるような、軽いざわめきが空間を埋め尽くしている。

 そして、完全な碧の水晶が大きな壁として、しっかりとした通路を示してる。



◇◆◇◆◇◆◇◆

 SIDE ??? 


 碧の壁――水晶の岩の上を飛び越えながら、僕は視界に一人の青年をとらえた。

 昨夜、というか昨日出会った青年だ。お人好しで、短めの動きやすいローブと、暖かいミルクをくれた。

 それも造形は、王族のように整っている。


「アイツ、よくここまでこれたな」


 あのデカイカマキリを思い浮かべる。僕はスルーしてきたけど、アイツはどうだったのだろうか。僕はあまり耳がよくないから、視界に頼るしかない。遠くの音なんて、滅多にとらえることはできない。

 アサシンとして失格だな。

 もとは王宮につかわれていた暗殺者だった。まぁ、この事がバレてクビにされたけど。


「ん、なんか武器が変わってる」


 はじめて目にしたときとは違う武器が、アイツの腰に差されている。艶のある黒の鞘に納められて、おとなしそうに揺れている。

 耳は悪いが、僕の視力は桁外れている。今はフリーランスで、情報屋をしている。だから、あの青年のことは少なからず知っている。なにも、このダンジョンの入り口で会って顔を知った訳じゃない。


「魔法、か?」


 僕はその武器を凝視する。不意に、アイツが俺の方を見た気がする。あの空色の、やけに純粋そうな瞳がこちらを見た気がした。


「······ッ」


 僕は水晶の岩影に身を潜めた。驚いたというよりも、アイツがやけに勘がいいと思ったからだ。見た目というか、昨日話した程度ではノロマそうに見えたのに。



ヒタ、ヒタヒタ


 

 背後から足音がした。不気味そうな、湿った足音だった。


「チッ」


 僕は舌打ちをする。思わぬところでモンスターが現れた。

 最近は暇だったから、アイツのことを嗅ぎ回ろうと思ったのにさぁ?

 

 僕は細身の真っ黒なナイフを抜いた。

 小うるさいモンスターは、早く処分してやろう。

 んでもって、国を騒がせそうなアイツをもう少し調べてやる。

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