第30話 俺が思うよりも、アイツは異常だった。
SIDE アイザック=レイア
宰相の執務室。
俺はとある人物に呼び出されてここにいる。その人物と二人きりで、だ。あまり関わりたくはないと言うのに、二人きりだ。まぁ、とある人物の方も俺とは関わりたくはないんだろうが。
「アイザック君、ご苦労です。
私があなたを呼び出したのは他でもありません」
静かで低いやつの声が、二人きりの執務室に響く。身内とはいえ、職場と言う考えから、こうも堅苦しい口調とは背筋が痒くなる。その人物は長身ゆえの長い足を組み、椅子に正しく座っている。
「何のことだよ」
俺はつっけんどんに返す。たぶん内容は、ハルに関することなのだろうが、ハルには大きな重荷は辛いだろう。俺が、アイツに街を救ってくれと頼んだのを棚にあげてだが。その時すら、意味がわからない、無理だと、何度も連呼していたと言うのに。
ちなみに、アイツは今、第二ダンジョンに出掛けている。
王宮から預かった書状をもって、テクテクと地下へ踏み込んでいった。
「誤魔化しても無駄だと、考えはしないのですか?」
小馬鹿にしたように奴は言った。流石に今の発言で堪忍袋の緒が切れはしない。奴は天然な上から目線だ。生まれつき、というか環境のせいか、それが上から目線だと言うことに自覚がない。
俺はそれを、鼻で笑う。
「ブルーノ、俺は無駄だと思うことはしねぇ」
俺は吐き捨てるように言った。奴ーーブルーノは眉を寄せて、俺を見た。ブルーノの陰気なモノクルがギラリと、魔法灯の光に反射した。ブルーノの猛禽類のような瞳が垣間見える。
他のやつーーシンアを除いてーーは、この目を恐れる。観察眼に優れ、捕食者のごとき眼光に恐れをなすのだ。俺は長年、一緒にいたからどうでもいい。
「やはり、貴方とは分かち合えそうにない」
「奇遇だな。俺もお前とは理解し合えない」
俺とブルーノの視線が交錯する。兄弟だと言うのに、この仲の悪さは評判だった。お互い、思考の方向が違うのだ。何せ、腹違いの兄弟なもんでね。
「で、何の話だよ。宰相さん」
俺がそういうと、ブルーノは目をスッと細めてため息をついた。いっそそのため息は、周りからすれば優美に聞こえるのだろう。俺からすれば、年よりじみている。
「貴方が、この国に招いた青年についてですよ。
······どうやら、ひとつの街に雨を降らせるほどの魔力を
保持しているそうじゃないですか」
完全に仕事モードのブルーノの瞳は、いつもより深い色を浮かべている。策士の顔というやつだ。
流石に耳が早い。俺からすれば、結構隠し通せていたが、バレる時にはバレるものだな。ブルーノは宰相というだけあって人脈も広い。だからこそ、ハルはダンジョンに放り込まれる状態になった。書状を出したのはブルーノなのだから。
ダンジョン踏破は表向きで。本当は品定めをしたいのだろう。
「趣味が悪いな。
アイツはお前の要求を受けようと努力するんだろうけどな」
「良いではないですか。持つものは与えるべきです」
ブルーノは冷たい表情でそういった。俺は舌打ちをする。
ならば、貴族どもを何とかするべきじゃないか。
俺だって、貴族の立場ではあるが、そう思うのは俺だけなのか。ブルーノは俺の心の声を察したように、目を伏せた。知っている、出来るならとっくにやっているという顔だ。
「貴族がどうのって、我々が言えるはずはないんですよ」
「だから、素性も知らない餓鬼を利用して、捨てんのか?」
俺はブルーノに噛みつくように言った。ブルーノは冷たい瞳で、俺を見据える。思わずゾッとしてしまった。
そうだ。
俺はブルーノに勝負事で勝てたためしがなかった。こいつがあまりにも小賢しくて、どんなに勉強しても追い付くことはできなかった。
「お前には、国民以外はどうでも良いのかよ?」
ポツリと本音を呟いた。
すると、ブルーノは全くの無表情になる。何かを堪えるような、その表情は俺を酷く惨めにさせた。
「どうでもいい、仕事にそんな次元は持ち込みません。
だから、貴方には王宮の仕事は向いていないんですよ」
知らなくてもいいことまで知ってしまうから、と。
ブルーノは心を捨てたように、ただ低く静かに響く声で言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は宰相の執務室を出た。
心は驚くほど冷めていて、少なくともこれから日課の稽古に向かう気力はなかった。
「やぁ、ハルくんはどうなるか分かったかい?」
壁に寄りかかり、俺を出迎えるやつが一人。俺はため息をついた。
すると、シンアは目を瞬かせて首をかしげた。
「おや、またブルーノ兄さんに言いくるめられたのかい?」
「昔の呼び方だろ」
俺はふざけてそう言ったシンアを睨み付けた。シンアは震え上がるフリをして、少しだけ哀しそうな顔をした。あの頃とは全く違う、ブルーノを思い出してか。
「ねぇ、これからどうなんてしまうのだろうね。
僕は騎士。君は戦士。
お互い、国の情勢には戦でしか関わることはないから」
王宮のだだっ広い廊下を歩きながら、シンアは呟いた。俺は、さぁなと、言って黙った。
シンアはもっと発言しろと、俺に視線で訴えてくるがどうしようもない。ゴールが見えない話はあまりしたくない。ハルとの会話だって、ゴールどころかテーマすら分からないときもある。
「ハルくんが心配だねぇ。今ごろ、水晶迷宮で迷子になっているよ」
やや物騒に聞こえなくもない発言をするシンア。本当に心配そうな顔をしている。シンアは嘘が多い奴だからな。まぁ、信用ができるやつではあるのだが。
「そうだな。半殺しにされてるかもな、イエローベアに」
「そうだねー。図太い子ではあるんだけど」
少し楽しそうにシンアは笑う。サディスティックというか、男色家というか。まぁ、アイツになにもなければいい。
俺はもう一回、深いため息をついて長い廊下の大きな扉に手を掛けた。
「ハルも色々、苦労の多い奴だな······」
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