第29話 雷の子は不適に笑った、とか?
SIDE ドナー=サイヴァ
オレは安堵のため息をついた。
オレの特殊な能力のせいで、誰も一緒に冒険をしてはくれなかった。だから、少し安心している。特殊な能力といっても、目立つものじゃぁない。オレは隣で歩く、一人の青年を見た。年齢はオレと同じ、17歳なのだそうだ。
そのわりにオレよりも身長が15cmほど高い。ハルはオレの視線に気づいたのか、こちらを見た。
「ドナー、どうかしたの?」
「っいや、何でもねぇよ!」
オレは思わずビックリして、そう返した。ハルは特にこれといった様子もなく、そう、と頷いた。
そのときに黒真珠みたいな髪の毛が揺れた。男にしては長い。眼も、この国の人間じゃ珍しい空の色だ。誰もが憧れる、澄み渡った美しい色。
「ドナーは、どれくらいここにいるの?」
不意に顔を覗きこまれて、聞かれる。背後からの視線が痛い。イヴって奴も話しかければ良いのに。
「オレは、十日くらい前から籠ってる。
一人でステージ2なんて無理があるってわかってたんだけど、さ」
最後辺りは小さな呟きとなって、ハルには聞こえなかっただろう。現時点で聞き返されているし。オレはそれとなく、はぐらかして笑った。
「ま、今はハルとイヴもいるから気にしてねぇよ」
「そっか、なら良かったよ!」
オレの言葉にハルは嬉しそうに笑った。満開に咲くフジの花みたいだ。なんか、よく分からないけど、嘘をついた気がして罪悪感が胸のなかに生まれた。チクリと、少しだけ痛みを伴った。
「そういえば、さっき壁を破壊してきたけど怪我はないの?」
何度も聞かれた。オレは頷く。怪我はしていないし、痛くも痒くもない。無痛症というやつでもないから、多分、装備しているライトアーマーの効果だろう。オレはその事を説明しながら、頭に叩き込んだマップ通りに進む。
「はぁー、凄いねドナーもイヴも物識りだ」
時おりイヴも説明に口を挟んできていたせいか、ハルが感心したようにそう言った。
「常識だって。むしろ、ハルが抜けてんだよ」
「お褒めいただき光栄です」
オレとイヴの言葉が重なる。すると、ハルがクスクスと笑い声をたてる。オレとイヴは、ハルの方を見た。無邪気に笑う姿はオレの目に、とても不思議に映った。
すると、ハルはハッとしたような顔をして、オレたちを気まずそうに見た。
「ご、ごめんね、つい。二人とも息ピッタリだったから、
仲良いなぁって思って、思わず······」
そう言って、ハルは申し訳なさそうに眉を下げた。心なしか、ハルの頭のアホ毛も萎れている。
オレとイヴは顔を見合わせた。初対面だが、思うところは一緒なのだろう。
「気にしてねぇよ、お前に悪意があったわけでもないんだしさ!」
「そうですよ。そのようなことで謝られると、少し困ります」
イヴは冷たいのか、言葉選びが苦手なのか。最後の困りますは、いらねぇだろ。そんなことを思ったが、それを言うことでハルは、また困り果ててしまうのだろう。
今日というか、二時間もしないくらい前に出会っただけなのに、ハルがものすごい心配性なのだと知った。とはいっても、自分のことなど露ほども気にしていないっぽいが。
「ったく、気にし過ぎやって。
オレが今ここに生きていられるのは、ハルが一緒にいるからなんだから」
オレはわずかに届かないハルの肩を、ポンと叩いた。
すると、ハルは困ったように笑って、頷いた。もっと自信をもって、前に正々堂々進めば良いのによ。そう思うのはオレだけなのか、少し不安になった。
「ありがとう、ドナー。イヴも。俺、頑張るね」
ハルのその笑顔は見るものを癒すのに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
SIDE ハル
ドナーに励まされて、俺は少しだけ安心した。イヴも少し心配していたようで、表情が曇っている。
俺は笑って、二人にお礼を言った。
返せるものはないから、申し訳なくなるけど。これから二人の役にたっぷり立てばいい。
「さて、そろそろ夕刻に差し掛かるな!
安全区域に行って、休む場所を決めようや」
ドナーが言った。
安全区域とはモンスターがほとんど近寄らない、冒険者や調査隊のための場所だ。このダンジョンにもあるらしく、冒険者たちは野営テントを張ったりだとかして、一夜を過ごすらしい。
俺も一応、ザックさんにテントを渡された。今は魔法ポーチに入っているので、存在感は欠片もない。
「そうですね。そろそろ、そんな時間になります。
夜はモンスターが活発になるので、急ぎましょう」
イヴもそういう。俺はうなずいて、ドナーについていった。安全地帯への道はモンスターには、感知することが困難らしい。どうやら、この国の冒険者たちがそういう細工を施した、とザックさんから聞いた。
それは魔法なのか、そういう薬なのかはわからないが興味深く感じる。
「そこの曲がり角を曲がって、開けたところにあるからな!」
ドナーはご機嫌そうに言った。快活に笑って、先を急ぐように曲がり角まで駆けていく。俺とイヴもうかうかしていられないと、ドナーにおいていかれないように走った。
曲がり角は少し急で、転びそうになる。
「あっぶね。気を付けろよ、ハル」
「ありがとう、ゴメンね、ドナー。」
転ばないように、ドナーが先駆けして支えてくれた。俺より身長は低いけど、案外力強い。それに、手もゴツゴツしている。
すると、ドナーは呆れたように笑って、気にするなと言った。
最早、気にするな、とはドナーの口癖なのではないだろうか。
それから、さっきのことを思い出す。どれくらいこのダンジョンにいるか、聞いたときくらいのことだ。何か、寂しそうな顔をしていた。笑ってはいたけど、哀しそうな、仲間はずれを嫌うような顔をしていた。
「急ごうぜ!
早くしねぇと、夜がきちまう」
今こそ、雷鳴みたいな大きな声と、豪快な笑みを浮かべているがなにかが透けて見える。悪意とかじゃなくて、もっと深いなにかが。
でも、それを探るのは不躾な気がして、俺は聞くのを諦めた。
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