第28話 黄水晶の迷宮に迷い込んだ?
青や緑の風景から、黄色の水晶の迷宮へ踏み出した。
靄は少なく、さっきより随分と視界が開けている。俺はその奥のどこまでも続きそうな、ステージ2を見つめる。
「進まないのですか?」
イヴが俺を見上げた。俺は苦笑して、奥の方の歪んだ魔素に嫌な予感を感じだ。そう、魔素も歪みと言うものがあるらしい。光や闇は純粋なものらしい。日本で五行と呼ばれていたものも、極めて単純なものだ。だから、とても嫌な予感がするのだ。
俺は少しだけためらって、道を沿って進むことにした。
「危険でも、進まないと······」
俺はイヴに笑って、ゆっくり歩く。手を繋いでいるから、イヴのペースに合わせなくてはいけない。でも、本当はスッと走って、スッと戻ってきたい。ゆっくり行くことによって、余計に嫌な予感が募る気がするのだ。
だから、イヴがいることはありがたい。平常を保てるから。
だって、他人に合わせるときは冷静になれるし、何より自身の不安に目を合わせなくても済む。
「ハル、そこ曲がり角ですよ」
「うん。その前に花を拾ってくね」
イヴの言葉にうなずきながらも、気を紛らすために綿花のような花を摘んでいく。今度は青色じゃなくて、蜂蜜とか琥珀みたいな色だ。トロッとした光を帯びている。
イヴも手伝ってくれるらしく、俺のとなりにしゃがみこんで、花を摘み取っていく。
ある程度、採取したあと俺は立ち上がる。すると、イヴは不思議そうな顔をした。
「まだ残っていますよ?」
そう言って、彼女はまだ数本残っている花を指差した。俺は微笑んで、摘み取っていない花を撫でた。
「うん。残してかないと、今度来たときに無くなっちゃうでしょ?」
俺はそういった。イヴは不思議そうな顔をしている。
だって、全部摘み取ってしまったら、絶滅してしまうかもしれない。ここの世界の花は、一度摘み取ってしまうと残った根の部分が消滅してしまうのだ。だから、全部とってしまうのは申し訳ない。
いくらこの世界の植物が頑丈だといっても、絶滅してしまえばもとも子もない。
「なるほど。そういう配慮ですか······」
すると、イヴがそう呟いた。俺はイヴの方を見やる。出会って二時間ほどだが、彼女は本当に人間ではないのだと感じることがある。確かに人形ではあるのだろうけれど、今までの自然な笑顔や泣き顔を見ていると違和感がある。
俺は少し不安になりながらも、苦笑した。
「ギャアアアァァァァァァァア!」
どこからか声が聞こえた。それも何かから逃げているのか、俺たちのところへ近づいてくる。黄水晶の迷宮はある意味で、単純な道が組合わさっているのだ。つまり、もうじきこの声の主は俺たちのところで鉢合わせることだろう。
「ぅ、何か来る」
俺は呟いて、イヴを背に庇いながら進もうとしたとき、声の主は現れた。壁を突き破って。
壁を、突き破る?
ふと、疑問に思ったが、確かに、その人物は壁を突き破って来たのだ。水晶の分厚い、固い壁をとてつもないスピードで。
その人物と、思わず視線がかち合った。
「にーちゃん、ちょっくら俺をかばってくれ!」
鋭い八重歯が、豪快な笑顔から覗いた。俺と同じくらいの青年か、少し大人びて見える。
そして、突き破られた壁から現れたのは、大きな大きな黄色い熊。
ぽっこりお腹でもなければ、赤い服を着ているわけでもない。ただ、その熊は俺の想像を掻き立てた。
「でっかいプー○んだ!」
俺はのそりと現れた熊につい、そう叫んでしまった。
「プーさ○?」
イヴが不思議そうに首をかしげた。
しかし、それどころではなかった。俺のテンションの話ではない。
その熊の状態が、だ。熊は俺たちのもとへ逃げてきた、青年しか見ていない。それはもう、とてつもなく怒り狂っているのか、かわいい顔が台無しになっている。
熊は雄叫びをあげる。
そして、その巨体で俺たちにも突進してくる。だって、彼が一緒の場所にいるんだもん。
俺は仕方ないと思い、熊の大きな爪を見やる。引っ掻かれたら、絶対に致命傷を負ってしまうだろうな。そう思いながら、魔法で盾を創る。盾とはいっても、大きな二重の魔方陣だ。
魔力の消費が激しくて、家で練習していたら、一度ぶっ倒れた。その時は四重にしていたんだけど。
「ぅう、重いなぁ。」
魔方陣に傷はついていないが、巨体から繰り出される打撃は非常に重い。そのせいで、魔法を発動している俺にその負荷がかかっている。俺は、腕力に自信は全くないんだよぉ。
そう思いながら、移動魔法を使うことにした。
「ワープ。西、200メートル先へ!」
俺はそう叫んだ。そんなカーナビみたいな指示でたまるか、とか思ったけど仕方がない。許してくれ。
俺は、フッと息をつく。
「いやー、助かったわ。あんがとさん!」
不意に肩を叩かれ、そう言われた。それをしたのは、逃げてきた青年だ。ブルドーザくん。心の中でそう呼ぶ。
「俺はドナー。アンタは?」
彼は元気に笑った。襲われた直後だって言うのに、よくもまぁケロッとしていられるものだ。
それにドナーって、ピッタリだ。彼は黄色の髪の毛に、稲妻マークみたいな黒いメッシュが入っているから。声がでかくて、よく響くのにもピッタリだ。
ドナーとは、ドイツ語でDonnerにすれば、雷や雷鳴を示すから。
「えーと、俺はハル。大事はないかな、結構追われていたけど」
壁を生身で破壊していたけど。すると、彼ーードナーは気にするなと笑った。いや、気にするでしょ。俺はそう思いながら、そっかと頷く。
「アンタ、すごかったな魔法であのデケェ熊を移動させやがった」
ドナーはがははと笑う。俺はそんなことはないと、雷鳴のような青年にいった。すると、ドナーはふーんと急に冷たい瞳をした。
よくよく見れば、彼の瞳は灰色だ。やや紫も指し色になっているが。その瞳は雷雲のようだった。
「じゃあさ、俺を仲間にしてくれよ!
俺、レベルが全然ないからさ」
話がずれた。ずれたと言うか、脱線のレベルを越えていると言うか。俺は目を見開いて、彼を見た。何か、隠された気がするのだ。
俺はイヴを振り向く。
イヴは嫌ですと、言わんばかりの表情で俺に訴えてくる。
「足手まといにはならん。好きなときに切り捨ててくれたって良い!」
良い笑顔で、彼は怖いことをいった。
こんなことを言われるのが、俺が一番弱いのに。知っているかのごとく、展開は進んでいく。嗚呼、神様は理不尽だ。
俺は承諾せざるを得ない。ゴメンね、イヴ。
誰かに見捨てても良いって言われて、俺は見捨てられないんだ。
「分かった。俺にも目的はあるけど、協力はするよ」
出来ることなら、だ。
すると、ドナーはパッと表情を華やがせた。そして、俺の両手をつかみ、嬉しそうに俺を手をブンブン振った。
「恩に着るぜ、ハル!」
そうして、仲間が増えた。
嫌な予感はまだ、拭えない。
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