第27話 ナイフの行き先には、

「ゴメンッ!」


 そういって、跳躍した先のカマキリの首にナイフを突き刺した。細くて、軽業専用のようなナイフでは、到底カマキリの硬度には敵わなかった。ナイフが突き刺さったまま、俺は宙ぶらりんの状態だ。

 でも、足場程度になら利用できる。


 カマキリの首は関節のようになっていて、力の入れようによっては仕留めることができる。殺すことは不本意だけど、殺されるわけにもいかなかった。しかし、そんなことをさせてくれるモンスターでもなかった。眼前にカマキリの鎌が、見えている。

 俺はそれを足場にして、カマキリの頭まで跳躍する。

 そして、ポーチから予備の鉈を取り出す。長方形型の刃物は、鈍く煌めいてカマキリの首根っこに食い込む。


「ぅあ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 重い負荷がかかった鉈に力を入れて、グッと、振り切る。

 いや、振りきった。。

 かなりの力業だったせいか、鉈は刃こぼれを起こし、折れた。ついでに、大きなカマキリの頭も吹っ飛んだ。

 不意に、ぐらりとカマキリの首なしの体が傾いだ。ボロボロと灰になっていくのだ。切り落とされた首の方も同様に。

 そして、小さな水晶の石がキラキラと降ってきた。


「······う、ぃたっぁ」


 先の戦闘でぶつけた腕を押さえる。骨は折れていないようだが、結構痛い。すると、イヴが飛び出してきた。


「ハル、大丈夫ですか!」


 結構取り乱していて、今にも泣きそうな表情を浮かべている。人形でもそんな顔をするんだなぁ。

 そんなことはどうでもいいんだけど。

 ついでに、カマキリの鎌に切りつけられたのか、腕から血が滴っている。

 俺は折れた鉈と、ナイフを回収して、地面に座り込んだ。


「あははぁ、ダイジョブ。ワリとへーきだよ。魔法で治せるし······」


 俺はステータスを開きながら、苦笑した。魔法は使えるけど、体力の消耗が激しかったらしい。確かに、戦闘らしい戦闘は今回がはじめてだから。

 俺は意識を魔力の流れに集中して、傷を癒していく。


「でも、血が流れています。

 それに、ローブも私のために置いていかれましたし」


 俺は苦笑した。そして、悲しげな顔をしたイヴの頭を撫でる。勿論、血がついていない方の手で。血がついていたら、髪の毛が汚れちゃうもん。せっかく水晶みたいに綺麗な髪の毛なんだから、汚したくはない。

 俺は魔法で回復を試みながら、戦闘でボサボサになった髪の毛をひとつに結んだ。焼けた部分は、魔法でなおっていく。いつも通りの艶が戻ってきた。まぁ、いつも艶々にしているわけではないんだけど。


「大丈夫だよ。これから戦闘を重ねて、慣れればいいんだし。

 何より、防御力が少ないと怪我をしやすいイヴを優先しただけだよ」


「······ありがとうございます」


 俺はうなずいた。オートマタは圧倒的防御力に劣る。だから、魔法防御力に関しては、特殊な構造により高性能と言えるらしい。聞き齧った程度だから、あまり詳しくはわからないけど。

 

 俺はため息をつく。やっと回復魔法が終わった。傷が完全に癒えたのだ。服のはしが破けたところも治って、打撲で痛んでいた背中と腕の痛みもない。

 ギリギリの戦闘をしていたから、精神的にはちょっと疲れているけど仕方ない。書状には期限が書かれていなかったが、なるべく早く終わらせた方がいいだろう。


「次からはなるべく戦闘を避けよう。

 奥のゾーンはもっと危険らしいし、最初のエリアで消耗してられないからね」


 俺はイヴに相談する。イヴは賛成らしく、安心したように笑った。


「はい、それがよいと思います」


 そう言って、俺のローブを返してくれた。俺はお礼をいって、ローブを羽織る。フードは被らなくても、暑いからいいだろう。

 

 ところで気になっていたことがあって、カマキリを倒したときに降ってきた水晶の岩。あれは、何なのだろうか。今は地面に転がっている。俺はそれをひとつ手に取った。


「それはモンスターを倒すと出現する水晶です。

 この国の通過と引き換えに交換もできますよ」


 他国によく売れるので、とイヴはいった。拾っていった方がいいのだろうか。魔法のポーチは重量を気にしなくても、持ち運びできる優れものだし。すると、イヴも手伝ってくれるのか、しゃがみこんで小さな水晶を広い集めている。

 でも、俺だけが所持するのは納得いかない。


「イヴ、半分に分けようか」


 俺は魔法のポーチから、さらに小さな魔法の小袋を取り出した。これはポーチと同じ要領で、主に軽業師とか戦士たちが持っている優れものらしい。ポーチとか鞄だと邪魔になるから、小袋を腰につけて冒険をするらしいのだ。

 俺はその中に水晶の石を入れていく。

 ある程度たくさん集まった頃、俺はそれをイヴに渡した。


「い、いいんですか?」


「ん? 良いよ、着いてきてくれてるのに俺一人が独占するのはおかしいよ」


 俺は小袋をイヴに渡した。イヴはためらいながら、それを受けとる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺はイヴの手を引きながら、水晶迷宮を進んでいく。

 迷宮はいまだ深い靄に包まれていて、視界が悪い。先の先頭のカマキリの時も、魔法でわずかな風を起こして何とかしていた。

 しかし、靄が現れるのは、きっとこの蒸し焼きになりそうな熱気のせいだろう。湿気もすごくて、髪の毛を結っていないと広がっていく。


 そして、しばらく歩いた頃、大きな入り口があった。

 向こうに見えるのは青や緑の水晶柱ではない。ホンノリと黄みを帯びた水晶だ。シトロンって、言うやつだ。レモンみたいな鮮やかな黄色ではなく、ハチミツが混じったような色。

 

「ここから、ステージ2の筈です」


 イヴが呟いた。さっきの青いところでは主にカマキリと、あの大きなウサギくらいしかいなかった。

 だが、そことは明らかに違う。魔素も、色を変え、ややおぞましさを感じる。俺は少し深呼吸をして、イヴの言葉にうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る