第26話 猛る怒りを受け止め、······ん?

 SIDE イヴ・クリスタ


 私はハルという青年を見る。見た目は私と同じくらいの16、7歳程度。実際私の実年齢は、50を優に越えてはいるのだけれど。

 澄んだ白い肌で、水晶のような空色の瞳、黒炭のよりも黒い少し長めの髪の毛。世の中の女性が憧れる見た目の集合体のような、青年だ。ハルはそんな私の視線に、頓着せずウサギ型モンスターのモンチェを抱き抱えている。

 私の声を取り戻してくれた。

 名前を呼んで、記憶を呼び起こさせてくれた。


「イヴ、前見ないと転ぶよ?」


 不意に、ハルが私の顔を覗きこんだ。

 あぁ、そうだ。彼はこの深い靄ではぐれないように、手を繋いでいてくれたんだ。


「ぁっ、申し訳ありません······!」


 私は彼から視線をそらした。すると、彼は不思議そうな顔をして、小動物のように首をかしげた。もとから、綺麗な顔をしているだけあって、そういう仕草が様になる。

 私はニンゲンではないから、きれいという感覚はわからない。けれど、彼の行動や見目は、私に美しいと思わせる何かがあった。過去のデータベースと照合していたわけでもない。

 私にはそんな高性能なものは含まれていない。

 自分で見て、学習しなければならない。


「イヴ、疲れたなら休む?」


 黙りこんでしまった私を見て、心配そうにハルがいった。ほら、そう言うところだ。魔素から造られた、モノと何ら変わらない私にもそう接する。


「大丈夫です。少し、暑いですから」


「何かあったら、言ってね?」


 心配そうに彼はいった。だから、私はニンゲンの感覚を持っていないのに。私はうなずくしかなかった。暑いというのも、とっさに出た嘘みたいなものだ。永く動き続けたせいで、余計なものも身に付けてしまった。

 私は感じないはずの、罪悪感を感じる。


 拵えてくれた洋服も、私のために彼が作ったものだ。だから、余計に暖かく感じてしまう。

 不意に、バキリと奥の水晶が何かに踏み潰された、弾けた音がした。

 私はその場に立ち止まった。当然手を繋いでいたハルも、足を止めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 SIDE ハル


 水晶の岩の群れの奥で、水晶が弾けた音がした。

 それも連続して、不吉に音が続いていく。


バキリ、バキリ、バキッ、パキパキ、バキンッ


 それは近づいてくる。

 俺は生唾を飲み込んだ。腕に抱えているウサギは何かを察したのか、俺の腕から逃げていった。それも、物凄く速いスピードで。

 何かがあるのは一目瞭然だった。


ヴゥヴヴヴゥゥゥ


 何かの唸り声。思わず、その岩影をじっと見つめた。

 すると、水晶の岩が、大きな水晶の岩が弾けた。パァッンと。派手な音をたてて。破片がこちらまで吹っ飛んでくる。

 俺は、とにかくイヴに破片がかからないように、布面積が大きいローブで庇った。俺はそのままローブをイヴに被せる。


 そして、岩影に隠れていた大きな影が現れた。

 大きな瞳、小さな瞳孔。不釣り合いな鋼の肉体と、細い六本の足。大きな二本の鎌。その巨体は優に2メートル半を越えて、容赦なく俺たちに向かって走ってくる。

 見きれない早さではないが、間合いが広く懐に入る他ないのだろうと、悟らせた。


「······カマキリ。でっかいカマキリがいる······!」


 ほんの感動も束の間。カマキリは大きなその鎌を俺に振りかざしてくる。俺はそれを間一髪で避けた。後ろに反るのは少々背中が痛かったが、仕方がない。

 咄嗟に後ろを振り向く。


「イヴ!

 岩影に隠れて待ってて!」


 俺はそう告げて、無事だったイヴを見やる。イヴはうなずいて、隠れられそうな岩影に隠れた。俺は安心してナイフを引き抜いた。

 なにせ、和解できそうにない。


「ハル、それはクリスタルマンティスです!

 気を付けて」


 イヴの声がそういった。俺は無言でうなずいて、おっきなカマキリに突進していく。魔法防御もうまく利用しなきゃ行けなさそうだ。

 俺は、そう考えてきたせいで油断していたのだろう。すぐ間近に、大きな鎌があった。俺はその鎌をナイフ一本で受け止める。


 そこ衝撃は大きく、俺は吹き飛ばされた。水晶壁にぶつかり、背中やら腕やらに衝撃と、激しい痛みが走る。


「い"ってぇ!」


 俺は腕を押さえて、叫ぶ。口許から、血がたらたらと垂れる。俺はそれをぐいっと拭った。ローブをイヴに渡してしまったせいで、防御率が下がったのだろう。そもそも、戦闘慣れしていない。

 俺は頭を振って、ぐらぐらする思考を振りきった。


ギュゥォンッッ


 鎌が大きく、また振られた。俺に向かって、鈍く光る大きな鎌が近づいてくる。ものすごい勢いで。

 俺はすぅっと、思考が冷たくなる感じがした。

 喧嘩、か。

 久しぶりだな。

 

 昔を思い出す。

 弟妹はよく不審者に襲われやすかったのだ。なにせ、父母に似て綺麗な見た目だったから。だから、誘拐とかに遭遇しやすかったのだ。

 解るよ。弟妹は二人ともとってもかわいいから。

 年齢は近いけど、二人が襲われていたら、すぐに飛び出せるようにしていた。大人相手に喧嘩なんて無謀で、両親には物凄く怒られたけど。弟妹が心配してくれていたけど。

 家族を傷つけるやつは許せなかった。

 その時は荒れていたし、今とは全然違うけど。


 苦い思い出だよ、ホントに。

 短気って、良くないよね。

 俺は襲ってくる鎌を避ける。喧嘩の時、相手の拳と拳の遠心力をいかして体制を崩させる。そして、いい気なカマキリの懐まで一直線に走っていく。その間、カマキリが炎の魔法を繰り出してきたが、間一髪。髪の毛の端が焼けるくらいで済んだ。

 

「ぅら"ぁっ!」


 カマキリの懐にはいった瞬間、カマキリの腹をめがけて、跳躍しナイフを振るう。ズパンッ、とカマキリの腹が裂ける。

 そして、カマキリの胴体を駆けていく。


 大きな瞳がこちらを睨みつけた。

 だが、怯む程度のものじゃない。俺はカマキリの首にナイフを差し込んだ。

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