第19話 眠り姫様は永遠に、目覚めないものだよ?

 SIDE シンア=マクベス


 ハルくんは魔力消費の影響で眠っている。一番最初に見つけたと言うアインは、罪悪感を感じているのか彼に付きっきりだ。テオ君とメイちゃんという、子供たちもわざわざ駆け付けてくれた。


「ねぇ、アイン」


 僕は険しい表情をしたアインに話しかける。

 彼は眉間にシワを寄せたまま、こちらを振り向いた。せっかく綺麗な顔が台無しだよね、本当に。


「なんだ」


「この話、王宮に届くよ」


 僕がたった一言そういうと、アインは唇を噛んだ。そして、地を這うような低い声で、あぁ、と言った。アインは立場が悪いからねぇ。


「そしたら、兄貴にも届くだろうな」


 自覚はしているらしい。彼の兄はこの国の宰相だ。貴族の出であり、優秀な、才色兼備が似合うような人物だ。弟であるアインも、優秀ではあるが、口下手なせいか誤解されやすい。

 この前も、若さと口の悪さで、魔物の餌代わりになったらしいし。


「宰相殿は、君のように甘くないからねぇ」


「そうだな。兄貴は使えるものはコキ使うからな」


 舌打ちをして、アインは呟いた。この財政難の国、その再建のために神経を尖らせている宰相殿は、隙がない。目を光らせていると言う感じか。

 アインはチマチマと進めていくタイプだからねぇ。


「シン、こいつのステータスは見たか」


 不意に、遠い目をしたアインが言った。僕は首を振る。

 しかし、自らの魔力で雨を降らせた子だ。尋常じゃないステータス保持者だろう。

 

「そんなに面白いものだったのかい?」


 すると、アインはさらに顔を険しくさせた。もしかして、と思う。貴族のなかでも見ないような、ステータスなのかな。だって、この国でステータスが整っているのは、上位の貴族だけだからね。

 

「兄貴がこいつを買ってでも、手に入れたそうなステータスだ」


「買ってでも、って······」


 確かに、見た目から貴族に売られたりしてもおかしくないけど。宰相殿は見た目よりも、能力を重視するからね。それに、奴隷を嫌う宰相殿だ。彼が買うと言うのなら、よっぽどのステータスなのだろう。


「まぁ、僕はステータスに興味ないけどね。

 だけど、誰にでもステータスが見えるようにしてるなら、

 非表示方法を教えたら?」


 この国じゃ、常識なのだし。そこで、ハルくんに引っ付いて眠っている子供たちも知っていることだ。

 すると、アインは黙ってうなずいた。

 僕はハルくんの顔を見る。綺麗な男の子だなってくらいしか思わなかったけど、あの光景を見たらますます楽しくなってしまう。そう思っていたのがバレたのか、アインに睨まれた。

 別に悪いことはしてないんだけどなぁ。


「さぁて、どう隠し通そうものか?」


「まずは、それだな。数日は事実を隠蔽せねばなるまい」


 アインは言った。潔癖な戦士がこんなことを言うとはね。

 でも、これが魔法だと知ったら、他国にもすぐに響き渡りそうだ。だって、最近、王宮に臭い噂があるんだもの。

 アインは実務に忙しいから知らないけどね。というか、噂なんて、たかが噂って思ってるんだろうな。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 SIDE ハル


 頭のなかがビリビリと痺れる。弟妹たちは今、どうしているだろうか。

 ぼんやりする思考のなか、密やかな声が聞こえた。話している内容はわからないけど、俺はそちらに向かって歩いていく。

 歩いている感覚はない。浮遊感だけがある。

 

 そして、やっと何かにはまったような感覚。

 自分が帰ってきたと言う感覚がした。体に力が戻っていく。暗闇にいるのは、まぶたを固く閉じている感覚がするから。


"そっか、俺倒れたんだった。"


 ぼんやりと考える。雨を降らせるっていって、降らせたあとに意識をなくしたんだ。テオ君が駆け寄ってきてくれたのに、気絶したんだっけ。

 俺の体に、バリチと電流が走った気がした。

 俺はよくわからず、跳ね起きた。


「······はっ、······はっ、はぁ」


 締め付けられるように、脳が痛い。

 全身から汗が吹き出して、寒気がする。


「起きたか、ハル!」


 ザックさんがこちらに駆け寄ってきた。部屋の戸口に控えていたのか、マクベスさんも一緒だった。笑顔で手を振ってくる。マクベスさんは冷静なようだ。


「······ザックさん、すいません。俺、気絶したんですよね」


 思わず苦笑してしまう。自分が倒れたり、体調が悪いときに強がるのは、昔からの悪い癖だ。弟妹たちに心配をかけさせないように、強がってしまう癖がなおっていなかった。

 すると、ザックさんは安心したような顔をした。


「倒れて、1日だ。」


「あはは、そんなに昏睡してたんですね。」


 結構な時間、眠っていたらしい。ベッドの脇で眠っているテオとメイは、日が明けてから来たのかな。一日中いたら、二人のご両親が心配するもんね。どこまでも、他人の心配ばかりが湧いてくる。

 可哀想って、よく言われたなぁ。


「もう、大丈夫なのかい?」

 

 マクベスさんに聞かれる。俺はうなずいた。もう、体が痛むとかは消えていて、頭が少しぼんやりするだけだ。


「はい。魔力を消費した反動なのだと思います」


「そうだろうね。他の原因はありそうになかったよ」


 マクベスさんは笑みを浮かべて言う。他の原因があれば倒れるケースがあるらしい。どう言うものだろうか。

 きっと今のは、彼なりの皮肉なのだろうけれど、なにかを暗示している気もした。俺の気のせいなのかもしれないけど。彼の表情にはそんな、なにかが見えた。


「あの、」


 俺は気になっていたことを聞く。

 話はそれるけど、自分でやったことの状況は気になる。雨を降らせた結果、どうなったのか。


「あぁ、土の魔素の話か」


 ザックさんがそういった。俺はうなずく。どう伝えていいのか分からなかったから、少しだけほっとした。

 

「ハッキリ言って、魔素の見えない俺たちにはわからない。

 ただ、そこのテオが魔素が土に含まれ始めていると言っていた」


 俺は安心した。魔素の含むものは、新しく、また魔素を取り入れ、吐き出すという働きを持っている。いわゆる、呼吸と同じようなものだ。テオが感知したなら、安心だな。


「しかし、問題は植物が育つか、何だよね?」


 真面目そうな顔をして、マクベスさんは言った。そうだ。植物が育たなければ、話が戻ってしまうのだ。依頼されたのは植物を育つように、という内容なのだから。

 

「そうなんです。はじめは俺の魔法を活用しようと思うんですけど······、」


「それで問題はないだろうな。」


 ザックさんはそう呟いた。だが、表情は険しい。むしろ、いつもの怖さに拍車がかかって、背筋が凍りそうだ。

 そして、ザックさんは、だが、と続けた。


「だが、お前が雨を降らせたのは王宮に届く。

 王宮には天気の観測もしている魔術師の職場がある。

 つまり、イレギュラーが観測されたことが、直に報告されるのだ」


 天気を観測する魔術師さん。それと俺になんの関係があるのだろうか。俺は首をかしげ、二人を交互に見た。


「アインは遠回しだねぇ。

 つまりね、君は直に王宮の人間に目をつけられるってことだよ。

 その、異常な魔力値によって、ね」


 俺は硬直する。

 俺が、王宮の人間に目をつけられる?

 俺が雨を降らせたせいで。殺されるのかな。俺はまばたきを繰り返す。よくわからない状況に、思考がぐるぐる回り続けて、ショート寸前だ。


「だが、安心するといいよ。

 アインが君が野菜を作っている間だけは、隠し通してくれるらしいしね♪」


 マクベスさんは気障にウィンクをして見せた。

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