第18話 恵みの雨なんて、そんな大層なものじゃないんです!

 俺は空に手を伸ばした。


 ここは、家の畑。本当は広場みたいな開けた場所の方が向いているらしいが、目立ちたくない。だから、家の畑でやるのだ。


「天のコトワリと七つの約束を侵す者。

 我に恵みの刃を与えたまえ。我に地を砕く刃を与えたまえ」


 今日、初めて魔法を発動するための詠唱をする。目を伏せているから状況はわからないが、イメージが広がっていく感じだ。声が響いて、雲を呼び寄せ、その雲が膨らんでいく。

 魔法で、雨を降らせるなんて無謀な行為に、きっと呆れている。

 神様は。

 だって、詠唱の文章通り、天のコトワリを侵すのだから。ザックさんが怒られるような事態になったら、俺がちゃんと事情を話そう。何時もみたいに、ウジウジしていられないんだ。


「······っう"ぅ」


 身体から力が抜けていく。

 いや、抜かれていくのだ。とてつもない痛みと、霞のような眠気が襲ってくる。でも、今は誰にも触れさせない。

 ずっと遠くから、ゴロゴロと雷雲の音がした。

 深い深い、怒りの気配だ。俺は笑った。手応え、ありだ。もっとこっちに来い、今だけでいいから飼い慣らしてやる。

 

「兄ちゃん、東の方角だ!」


 不意に声がした。テオの声だった。

 テオはきっと、俺が今呼び寄せている魔素が見えているのだろう。いや、聴こえているんだ。雷が鳴り響く音が。

 俺も見える、聞こえる。

 晴天に虹が広がっているのが。


 不意に、頬に水滴が一滴垂れた。


ポツリ、ポツリと。


 「マジかよ······」


 家の中から見守ってくれていたザックさんの呟きが聞こえた。

 来た!

 今だ!


 魔力に集中しろ。青天の霹靂のような美しさを、思い出せ。降り注げ。魔素の塊。天の恵みを刃として、降り注げ。


 頬に何滴もの水滴が落ちる。

 俺は目を開けた。

 思わず、感嘆のため息が出る。綺麗な光景がそこに広がっていた。

 虹色に輝く雨粒。それは晴れた陽光に照らされて、乱反射している。キラキラと耐えない輝きを。テオの顔が見えた。柵から身を乗り出して、こちらに駆け寄ってくる。


「兄ちゃん、スゴいよ!」


 俺はうなずく。声が出ないんだ。

 でも、彼の幸せそうな顔を見たら安心した。これでやっと、眠気に抵抗しなくてすむ。

 崩れ落ちた。地面に膝をつき、倒れ混んでしまう。

 意識が霞のなかに奪われた。


「オイ、ハル、しっかりしろ!」


 声がした。ザックさんが怒ってる声だ。

 心配かけてごめんなさい。でもね。暫くしたら、ちゃんと起きるから、今は寝かせてくれないかな。この光景、弟妹にも見せたいなぁ。

 ごめんね。いつか、帰ってあげられるように、俺、頑張るから。

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