第11話 俺、約束だけは守りたいな。

「······ふぁぅ」


 うーん、もふもふ。俺は目を覚ました。まだ、少し眠いけど、起きなきゃ。今は早朝、街に向かうために目を開いた。


「おや、起きたな」


 不意に声がした。俺は声がした方を振り仰いだ。そこにはアッシュグレーの一角狼が。俺はもしかしてと思い、自分が埋もれている招待を悟る。

 ダリアだ。フェンリルの姿に戻った彼だ。


「いつから」


 もふもふに埋もれたまま、俺はダリアに聞く。すると、ダリアはフフと笑った。


「昨晩は寒かったろう、」


 なんか嫌な予感がしないでもない。俺は昨日、たくさん歩いた。だからその反動で、眠気が襲ってくるのが早かった。

 昨晩、ダリアは森の主として森の徘徊にいっていた。俺を安全地帯に残して。つまり、その時やっと休んだ俺は、眠ってしまったのだろう。そして、それを見かねたダリアが、昨晩ずっと寄り添っていたのだろうなぁ。


「私が徘徊を終え、ここに戻ってくると迂闊にも眠った子供がいたでな」


「ぅん、ごめん」


 申し訳ないな。森の主に、毛布になってもらってしまって。ちょっと反省である。俺はうなだれ、ちょぴっと頭を下げた。

 すると、ダリアは笑った。


「気にするな。

 人の子だ、睡眠をしっかりとらねばなるまい?」


 そう言って、ダリアは獣の姿のまま俺の頭を撫でた。俺は少し笑って、眠気を吹き飛ばすように立ち上がった。

 あともう少しで、森を抜けるだろうし。

 気合いを入れなくちゃ。


「さて、もういくか?」


 俺は頷いた。朝食って気分でもないし、向こうに到着したとき食料がなかったら困る。便利な魔法のポーチがあるとはいえ、頓着しないのも違う。

 しかし、昨日から気になっていたことがある。

 まずは、それを聞こう。


「ねぇ、この森ってもうすぐで抜けるんだよね。

 でもさ、このマップ、大雑把すぎてわからないんだ」


 ステータス表示からマップを引き出す。ダリアはフムと言って、頷いた。


「ならば、更新すると良い。」


「マップを更新?

 もしかして、魔法でってこと?」


 すると、良くできましたと、ダリアはいった。

 マップを魔法で更新するのか。なんか不思議な気分だ。でも、前いた世界風にいうと、カーナビに場所を登録する感じなのかな。そうだとしたら、納得できる。


「グリモワールに方法が記載されておる。

 それを参考に、そのマップを更新してみると良いぞ」


「うん」


 ダリアは俺の腰元に提げてある、グリモワールを指差した。俺はそれを取りだし、ページを開こうとする。すると、ページが勝手に開いた。目的の、マップ更新、改編のページに。


「さ、やってみろ」


 ダリアが悠々と言った。俺の作業を眺めているつもりだろうか。

 とにかく、俺は目を伏せた。魔力を集中させて、通ってきた道をイメージする。割とたくさん歩いたから、マップは広がるだろうか。深呼吸をする。魔法を使うのは緊張するし、少しだけ疲れる。

 それから、ダリアと過ごした二日間。すこし、楽しかったなぁ。友達もできて、異世界が少しだけ好きになれた気がする。


「ふぅ」


 俺は息を吐き出す。マップが広がっていく気配がする。いや、厚くなる気配かな。一枚の紙切れが、そうなることはないんだろうけれど。


「ほぉ、凄いな!

 この森のマップを全解放したのか」


 ダリアが興奮したようにいった。俺は目を開く。

 本当だ。マップが、埋まっている。


「本当はいった場所しか表示されないだがなぁ」


「そうなの?」


 聞くと、ダリアは頷いた。それから、所々にシークレット表示というものがある。俺は、首をかしげた。なにせ、この世界に来て日が浅い。

 

「それは隠しルートと言う。

 ただの道じゃつまらんと思ってな、そこを通ってきた。

 通らなければ、全解放でも普通の道しか開けんしな」


 ダリアがイタズラっぽく笑った。隠しルートのことはザックさんに聞いていた。ギルドという組織のミッションを受け、解放される未開の地と同じ扱いなのだそうだ。しかし、隠しルートはモンスターを尾行したりしなければ、決しては入れないらしい。

 つまり、その隠しルートはモンスターたちの安全地帯。


「え、大丈夫なの。」


「あぁ、ハルは信用に足る。

 だから教えたのだ。何かあったら、ここに逃げ込んでもよい」


 魔物の森、第一ダンジョンの主がそう言った。いくらなんでも、驚きが隠せない。俺がいつ、モンスターと対立する立場になるとも思えない。もしかしたら、利用するかもしれないし、密告するかもしれない。

 すると、ダリアは少年の姿になり、笑った。力強い、王の笑みだ。


「安心しろ。魔物はよみがえる。

 そして、ハルは私たちの森を荒らしはしないと、信用してのことだ」


 泰然自若とした笑みは、ゾクッとするほど。俺は頷いた。彼の期待を裏切らないように、俺も頑張らなきゃ。


「うん。ありがとう。

 もし何かなくても、会いに帰ってくる」


 俺がそういうと、ダリアはあきれたような顔をした。


「ハルは人間の癖に、欲がないな」


 俺は目を見開く。俺は彼にどう見えているのだろうか。彼は、俺を変わり者だといったが、それしか知らない。不意にそれが気になった。欲がないわけでもない、ずっとこのままな訳でもない。

 

「ちゃんと、会いに来るよ」


 約束ってほどじゃないけど、俺は呟いた。

 ダリアはフフと笑って、歩き始める。マップが一枚埋まった。そして、なんか本になってる。

 ザックさんいわく、マップは乱雑に表記されたものを一枚ずつ買うのだそうだ。そして、そのマップをこまめに更新する。

 しかし、何故か本状になった俺のマップ。開くと、今埋めた一枚分以外、真っ白だ。


「それは、地図帳になるのだろうな。

 新しいダンジョンにいく度に更新することを勧めよう」


 ダリアがいった。便利な地図帳をゲットできた。お金をかけて買わなくてすむってことだ。

 ちなみに、ダンジョンはマップがなければ入れないらしい。逐一購入するのだと、ザックさんがぼやいていた。


「そう言えば、そのマップを全解放したやつがもう一人いたなぁ」


 ダリアが懐かしそうに呟いた。どこか、遠い過去を眺めている顔だ。


「そうだ。ハルが今から向かう西の街が所属する国の、国王だったかな」


「え、王様?」


 予想外の人物に驚きを隠せない。すると、ダリアは頷いた。

 

「よくここに遊びに来ては、話をしていたよ。

 迎えの兵士に怒られていたでなぁ」


 その顔は少しだけ悲しそうだった。


「いい人だと良いなぁ」


 俺が呟くと、ダリアはそうだなといった。

 そして、俺と向き合う。


「お前には偏見や先入観が似合わないな。

 あれが、変わり果てていたとしても、お前は変わらないのだろう」


 ダリアが語る。微笑みながら、悲しそうに。


「なぁ、お前はいつかモンスターたちの殺すことになる。

 だから、迷ってくれるな」


 ダリアの言葉は重かった。

 ただ、なにか言葉を返すのは違う気がした。満足な答えが言えそうになかった。だから、俺は黙って頷いた。


「さて、もう出口が見えたぞ」


 ダリアが話を切り上げた。


「うん。ありがとうダリア。

 ここまで来てくれてありがとう、楽しかった」


 俺はまだ悲しそうな顔をしている、彼にいった。少しでも笑おう。彼が少しでも元気になってくれたら、この上なく嬉しい。


「私はここまでだ。あとは一人で行け」


 ダリアがいった。声をはって。まるで、俺に渇を入れるように。

 

「うん。最後までありがとう。

 また、会いに帰ってくるよ」


 俺はダリアに背を向けた。もう振り向かない。約束ひとつで、ちゃんと進もう。たとえ、次あった彼が俺の敵となっても、迷わず斬れるように。強くなろう。彼が俺を忘れても、友達でいられるように。


「あぁ、」


 ダリアが笑った気がした。

 でも、振り向かない。俺は、出口を目指して駆け出した。ちょっと寂しいけど、彼とまた会えるなら頑張れる。

 約束だけは守るから。

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