第10話 魔物の森から、こんにちは!

 SIDE ダリア(第一ダンジョンのボス)


  私はハルに背中を向け、ウトウトしていた。が、背後から気配がする。彼なのだろうから、私はとりあえず黙っていた。

 すると、髪の毛にさわられる。感覚的に、櫛を通されているのだろう。


「何をしているんだ?」


「ふぉっ」


 ハルが妙な悲鳴をあげる。私は苦笑して、ハルを見た。ハルはきれいな空色の瞳を揺らし、眉を下げた。


「はは、やっぱり起きてたんだね。」


「で、何をしていた?」


 ハルが私に櫛を見せた。きれいな漆の櫛だ。ハルが愛用しているのか、艶々とした輝きがある。紅葉の紋様があって、可愛らしい。


「髪の毛が長かったから、結おうと思って。

 風にさらされて、顔にかかってたから気になったんだ」


 それから、ハルは懐から赤いリボンを取り出す。リボンからは少し魔力がにじみ出ている。何かのモンスターの毛から作ったのだろう。

 それならば、ハルが所持していた方がよいのだがなぁ。人間どもが欲しがるような、レアアイテムというやつなのだろうから。本当に、欲がないというか、お人好しというか、常識が偏っているなぁ。


「ふむ。」


 私は相づちを打って、そのままハルに任せる。

 ハルは器用に、髪の毛を編み込んでいく。三つ編みというやつだったかな。昔、人間の娘が教えてくれたものだ。その娘には、この身を隠していたが。優しい娘であった。

 私はぼうっと意識を霞の中へ浮かべる。眠気が襲ってくる。ハルは何も言わないが、私の顔を覗きこんでいた。しかし、これといって声はかけず、作業に戻っている。


「~♪~~♪~~♪、~~♪」


 鼻唄が聞こえる。ハルが無意識に歌っているのか、本人は気にしていないがきれいな歌だ。私は微笑む。人間と仲良く話をするのは、久々であったなぁ。

 出会ったとき、噛みつこうとした私を気にせず撫でた子供だ。物好きだとは思ったが、あのフェニキスたちが捜していた雛を保護していたこともわかった。つくづく、変わっている子だ。

 黒い髪の毛も、空の瞳のおなごのような顔をしていた。そのわりに、背は高かったが。


「終わったか?」


 眠気を振り払い、ハルに声をかける。

 

「え、うん、終わったよ。」


 ハルは私の顔を覗きこんで、ニコッと笑った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 SIDE 桜島春

 

 ダリアの髪の毛は柔らかかった。アッシュグレーの髪の毛は、今はひとつの三つ編みになって、スッキリとした。

 可愛らしいというか、より美少年に拍車がかかる。エルの抜け毛を集めて作ったリボンも似合っている。他にも作っていたから、お裾分けだ。作る時間、ザックさんはイライラしていたが。無視していた。


「では、進もうか」


「ん、休憩は切り上げよう」


 森の安全地帯で休んでいたのを片付け、荷物をひとつにまとめる。魔法の鞄に収めるから、重さを気にしなくてもいい。便利だよね。

 魔法鞄の中身はステータス表示の、細かく別れた選択肢から選ぶのだ。そこから確認できる。無くしたものはないし、種も食料も、拾った青い果実もちゃんとある。

 

「荷物は揃ってるか?

 では、行こうか。約束しているのなら、急ごう」


 ダリアは先に出発していた。数メートル先の道で、俺に手を振っている。俺はうなずいて、ダリアの方に駆けていく。待たせるのも悪いしな。コケたら、いけないけど。

 俺はダリアに追い付いて、隣に並んで一緒に歩く。ダリアは待っていてくれたようで、にこりと微笑んでくれた。


「お待たせ」


「ふふ、そんなに待ってないさ。

 さあ、進もうか、この先は少し警戒して進むと良い」


 優しげな笑顔を浮かべてはいるが、忠告された。俺は思わずマップを確認する。ここはもうこの森の最後の方らしい。出口のマークが近く、宝箱のマークもある。ザックさんに教授されていることが役に立った。


「······その宝箱は定期的に勝手に現れる。持っていっても良いぞ」


「ふむぅ、宝箱かぁ」


 特に興味がないから、開ける気分にはならない。ただ、ダリアがいった定期的に現れることの方が気になる。それも、魔法なのだろうか。だとしたら、現れる瞬間を目に納めたいものである。

 時間があるときに試そう。

 とか思ったが、そのときはダリアが一緒とは限らない。見ている間に殺されて、ポックリとか絶対に嫌だ!

 街にカメラとか売っていたら、買おう。動画に納めると言う方法もあるしね。その前に、お金の調達もしなければいけないのか。色々、道のりは遠そうだ。

 

「ハル、考え事か?」


 不意にダリアに話しかけられる。俺はビックリして、尻餅をつきそうになる。だって、顔を覗きこまれているんだもん。誰だって、眼前に顔があったら驚くものだ。


「ははは、驚いたな。。全く、ボーッとしていると怪我をするぞ?」


 ぐいと、ダリアが腕を引っ張りあげてくれる。案外力が強い。まぁ、魔物の森の王様みたいなのだからだな。今の見た目は細身の少年なのに。つくづく、驚かせられる。


「ご、ごめん」


「ふふ、気にするな」


 そして、年の功というやつか寛容だ。貴族を見たことはないが、貴族っぽい。そんな雰囲気を感じた。

 また、二人して歩き始める。歩くときはあまり会話をしない。それが性分に合っているのか、俺もそんなに気にしなくてすむ。

 街に到着するまで、楽しい旅ができそうだ。

 でも、こんなことザックさんが知ったら、俺を怒鳴るんだろうな。あの怖い顔で。またお前はモンスターと仲良しこよししやがって、って。あの人は何で、モンスターが嫌いなんだろう?


「ねぇ、なんでモンスターと戦うことが当然みたいな人がいるの?」


 ただ、聞いただけだった。返事がなくても構わないと思っていたら、すぐに返事が返ってきた。


「私たちのかつての王様が、人間たちに多大なる災害をぶつけたからだ。

 古代の話らしい。私が生まれるずっと前のことだ。

 だが、春が戦いたくないという意思があるなら、戦わなくてもいい。

 だが、私は剣を取ることを勧める。

 でなければ、友人が死ぬことになるからな」


「友人?」


 俺が聞き返すと、ダリアはいたずらっぽい笑みを浮かべて、頷いた。


「春は私の友人であろう?

 だから、死んでくれるな。何かあったら、迷わず斬れ」


 悲しそうな笑みは、ツキリと心の奥底につっかえた。ただ、はじめて友人ができた。モンスターだけど。そんなことは関係なく、優しい友人ができた。

 俺は笑う。

 ダリアみたいにすごい優しいわけでもないけど、少しだけ彼の役に立てるなら嬉しい。ダリアはうふふと笑った。


「解った。でもね、できれば死なないで。

 生きて、また会おうってしたいな?」


 俺が呟くようにいうと、ダリアは目を見開いた。


「そうか。······そうか。

 それは嬉しいことだなぁ。私は友人に恵まれている」


 あきれたように笑うダリア。俺を見て、笑っている。嬉しそうに、悲しそうに。そして、寂しそうに。

 そうか、ダリアは人間より長生きだから。ひとりぼっちになっちゃうのかもしれないのか。でも、森にはたくさんのモンスターがいるのに。

 そこで、ふと思う。


「そっか。ダリアは人間が好きなんだ」


「······そうだな。時おり、愛おしくて仕方なくなる」


 優しそうな、親のような笑み。俺はモンスターを勘違いしていた。ただ怖いだけじゃなくて、ちゃんと優しいモンスターもいるんだって。

 俺も、友人に恵まれたんだ。

 モンスターだけど、とっても優しい自慢の友達ができた。心の内側からホカホカする。嬉しくて、つい笑みが溢れてしまった。

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