第9話 魔物の森はダンジョンのひとつだとか。
ざわざわと深い森が唸っている。誰もいないどころか、生物の文字すらない。俺はローブの裾を握って、おろおろと進む。誰もいない森に一人、青木ヶ原樹海に迷い混んだ気分だった。
だって、生きてるものより、死体に会う確率が高い気がするんだもん。時々、叫び声が聞こえたのだから。
「むぎゅうぅ、お化けと会いませんようにぃ······」
すると、視界の隅から何かが飛び込んできた気がした。
「ヒィッ」
反射で避ける。心臓がバクバクと鳴っている。飛んできたものを恐る恐る、振り向く。そして、それが飛んできたのではなく、動く木の根っこだと気がついた。うねうねと動いている、木の根っこ。
ブォンブォンブォン
俺を狙って、いくつもの木の根っこが動いている。俺の頭が冴えたように、すぅっと冷えていく。懐のナイフを取り出す。
「ザックさんは、根っこじゃなくて本体を狙えって言ってたな。
本体は果実になっていて、破格で取引されるんだっけ?」
動く木の根っこを踏み台に、俺は果実のあるところまで跳躍する。ヒュオンと、ナイフが空を切る音がする。とにかく動いている木の根っこの、木の果実はすべて切り落とした。真っ青な、ザクロみたいな果実だった。
「拾っていってもいいかな。
ザックさんは寧ろ拾えって言ってたし」
俺は青い果実を切り落とした分、拾う。青いか実はジャムにしたら美味しいらしい。農業スキルの表示に書いてある。そのジャムは風邪や腹痛にも効くらしい。レアの紫の果実は傷薬になるとか、大量回復魔法薬になるとか。
俺は、魔法収納用の黒いポーチに果実を入れた。街に着いたら、料理できるといいな。ワクワクしながら歩く。
「街が遠いなぁ~」
動いている木の根っこから果実を切り落としても、キリがない。ジャムが増えるのは嬉しいけど。
そういえば、この木の根っこは果実が採れないこともあるから、大抵の人たちは無視してるってザックさんはいってたなぁ。結構楽々にとれるから、俺としては嬉しいんだけど。
ガルルルルルッ!
不意に背後から声が聞こえた。ステータス表示の脇には警告の文字。
俺は振り向く。
大きな、角の生えた狼がいた。一角獣というやつだろう。ザックさんが気を付けろといっていた、モンスター。
モンスターステータスにはフェンリルと書かれている。
「大きな角だね!」
俺は大きな犬に近づく。目は真っ赤で、炎のようだ。体毛はアッシュグレーで、もふもふしてそうだ。大きな犬ーーフェンリルは俺に飛びかかる。
「ふぁっ!」
後方に倒れた俺は後頭部を打つ。フェンリルは俺に噛みつこうとする。俺はそれを片手で止める。
おぉ、もっふもっふ。俺はフェンリルを撫でる。縫いぐるみみたいだ。ちゃんと骨はあるから、ゴツゴツしてるけど可愛いなぁ。
すると、フェンリルは徐々に大人しくなっていく。ついでに、顔をなめられた。俺より大きいから、顔がべちょべちょになったけど。フェンリルがなついてくれたことは、純粋に嬉しい。犬もかわいいからね、雀に負けず劣らず。
「主は変わっているな」
声がした。
何処からだろうか。俺は首をかしげる。
「私はここの主のフェンリル、ダリアだ」
喋っていたのは、声の主はフェンリルからだった。少年のような声で、老人のようにしゃべる。
「森の主。」
「そうだ。主は他の人間とは違うのだな?」
もふもふのフェンリルに撫でられる。肉球が見えた、ぷにぷにしてそうだ。すると、フェンリルは俺を見つめた。
「他の人間は、モンスターを見つければ即座に飛びかかってくるからなぁ」
「あまり、戦いたくないんだよ。
俺は、ここに来たばかりで何もわかんないけど、命を奪うのは何か違うんだ」
俺は苦笑する。褒められるほどのことでもなければ、ヘタレの言い訳でしかないのだから。すると、フェンリルは笑った。
「今から向かうのは、人の里だろう?
道は長い、私も着いていって良いか?」
フェンリルはそういう。彼は森の主だから、他のモンスターは用意に襲ってくることはないと言った。それなら、安心なのかな?
「うん、いいよ。
実は、一人での冒険は心細かったから」
「そうか」
フェンリルは目を伏せた。すると、ずるりとフェンリルの姿が歪んでいく。怖い光景ではないが、神秘を感じさせるような光景ではあった。各ダンジョンの領域の主は、稀に人の姿に化けると言う。
フェンリルも人に姿に化ける。
アッシュグレーの長い髪の毛、凛々しい赤い瞳、高い筋の通った鼻。美少年とはこういうのなんだろうな。俺はフェンリルの化け姿を見ながら思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フェンリルーーダリアは森の中をゆっくり案内してくれる。ちゃんと西の街に到着できるように。
それから、俺が身を守れるように魔物の情報を教えてくれた。
モンスターには大抵のものに自我というものがないかららしい。それから、この森は11ある大きなダンジョンのうちの一つだとか。
他のダンジョンより魔物の出現頻度は低いけど、一つ一つが強いことも教えてくれた。木の根っこは罠みたいなものだとも。
「確かに、ハルはこの世界の常識がないのだな。
私は200年くらい居るから、年寄りだというのに」
「200!」
美少年の見た目に反して、中身は結構らしい。だとしたら、その口調にも納得だ。なんというか、のんびりしたおじいちゃんみたいな。
そして、ダンジョンの主はみんなお年寄りだという。一番の年寄りは、年齢を重ねすぎて分からないと。年齢の概念が、ひっくり返ってしまう。ご長寿なんだな、モンスターは。
「しかし、本当にあの国に行くのか?」
「なんで?」
ダリアの問いかけに、俺は首をかしげた。
ダリアは怪訝そうな顔をして、空を見上げる。ダリアは遠くの誰かを想うような顔をして、哀しげだ。
「あの国はな、財政難となって子供が死んでいる。
その子供が、貧困のあまり餓死してしまった死体が、
ここに捨てられることもある。残酷だろう?」
少年の表情は、大人びた森の主の表情だった。憂いを帯び、ダリアは俺を見た。俺は少しだけ考える。
助けてくれと言われても、誰も助けない国。だから、余所者の俺にザックさんは助けを求めた。いや、利用価値を見いだした。だからこその理由がある。
「そうだね。
俺はその国を見てないけど、だから俺がいくんだ。
ちょっとと言うか、とっても怖いけど、俺の魔法が使えるらしいから」
「······そうか。
ハルはお人好しなのだな」
泣きそうな顔で、ダリアがいった。一番近くで、国を眺めていた森の主は俺をどう思っているか何て知らない。でも、とっても優しくて、頼れる年長さんだ。人間を憎んでいるような発言をしても、罪のない子供を思いやっている。
「ダリア、俺、頑張るよ」
決意を告げる。決意はたくさん口にしないと、ボロボロになってしまいそうだし。そうしないと、弱虫の俺は折れてしまう。
すると、ダリアは微笑んだ。
「あぁ、よく頑張りたまえ。」
親のような顔をして、俺の背中をぽんと叩く。身長が低くなってしまったから、頭を撫でるのは困難だったのだろう。でも、とても暖かい。
俺は頷いた。約束を果たすためにも、もう一歩ずつ進まなければならない。
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