第8話 国を救うのは俺なんですか?

 目の下がヒリヒリする。いつのまにか眠っていた俺は、痛む関節を鳴らして目を覚ます。


「んみゅぅ······」


 背中がいたい。テーブルに突っ伏して眠るとは迂闊だった。畑も耕して、種を蒔かなくちゃ。すると、立ち尽くしているザックさんが見えた。呆然とした顔をしている。


「嘘だろ······」


「何がですか?」


 つい反射で聞いてしまう。すると、ザックさんが驚いたように振り向いた。目を見開いて、俺をじっと見ている。


「お前、俺が眠ってた間に何かしたか?」


 予想外の質問だ。

 というか、看病くらいはするんじゃないかな。


「鎧を脱がせて、看病しただけですけど······」


 意味もなくビクビクしてしまう。するとザックさんが俺の目の前にステータスを表示した。目の前にはザックさんのステータス。

 何だろうか、特別なことは書かれていない。


「あの?」


「チッ、わかんねえのか。

 ちゃんと見ろ、俺のステータスがなにもしてないのに上がってるんだ!」


 怒ったようにザックさんはいう。俺は意味がわからず、気の抜けた返事をしてしまう。ステータスが上がるは当然じゃないのか。俺は首をかしげ、ザックさんを見つめる。


「何もしなければステータスは停滞するんだよ。

 上昇するのは戦闘後の経験値取得と、何か偉業を成したときだけだ」


「へぇ、そうやって上がるんですね!」


 俺は本で見たことが実証された気分になり、パッと頭の中が明るくなった。だというのに、ザックさんは俺に拳骨を食らわせた。痛いぃ。めちゃくちゃ痛い。流石、Lv.57。ていうか、暴力反対。


「んな事もわかんねえのかよ!

 本当に何も知らねえ餓鬼だな」


 しかも怒鳴られた。

 そんなに怒ってると老けちゃうよ。


「俺が言いたいのは、お前の回復魔法で

 魔力干渉が起こったんじゃないかってことだ。」


 魔力干渉ってなんですか、と思う。本には書かれていなかったし、もしかしたら口頭でしか伝えられていない事なのかな。特別なことに聞こえるのは、ザックさんが焦ったような顔をしているからかな。


「魔力干渉ってのは、滅多に起こらないんだ。

 だが、魔力がでかい奴が魔力の少ないものに

 魔法を使うと起こるケースがある」


 ふむ。俺の魔力は珍しい四桁数値が云々って言われた奴か。

 うん?

 つまりそれって、俺のせい! 


「それって、俺のせいなんですか?

 え、えあ、え、ごめんなさい!」


 全力で頭を下げる。だって、なんかめっちゃ申し訳ないんだもん。え、ザックさん、結構けろっとしてるけど問題はないのかな。死んだりしないよね。


「問題はない。始めてみた現象に驚いただけだ」


「え、怒ってないんですか?」


 涙目で顔をあげた俺を見て、ザックさんは苛立たしそうな顔をして頷いた。俺は気が抜けて、地面にへたりこむ。あぁ、良かったぁ。何も問題はないんだ、誰かが死ぬ訳じゃないんだ。

 そう思ったら、笑みが込み上げてきた。


「良かったぁ、」


「寧ろ怒る理由がないっつーの。

 こっちからすれば、万々歳な能力なんだからよ」


 ザックさんは俺を見て、ため息をつく。


「で、話がある」


 そして、真剣そうな顔になった。秒で嫌ですと、否定しそうになったがそう言うわけにも行かなかった。ザックさんの顔は本当に真剣そうで、黙って話を聞かなきゃいけない気がしたからだ。


「今、俺がいる国は酷い財政難におわれている。

 そして、植物が育たず、輸入もままならない。

 ってのに、貴族連中は気にせず贅沢して、国民のことなんか考えてもねぇ。

 国の発展も、見せかけみたいな国だ」


 全くヘドが出るぜ、とザックさんは怖い顔をしていう。深刻な問題を俺が聞いていいのだろうか。

 ザックさんの国への思いも伝わっては来る。でも、俺にできることはあるか。俺なんかが、できることなんてない。


「俺が頼みたいのは。

 お前が国の農業の手助けをすることだ」


「でも、植物が育たないって······」


「お前の魔力がありゃあ、そんなのはどうとでもなるんだ」

 

 ザックさんは悲しそうな、苦しそうな顔をした。俺は黙って彼の言葉と聞いている。


「俺はお前を利用する。

 国のために、あの貴族どもに吠え面をかかせるために」


「良いですよ」


 返答はイエスという準備はできていた。だって、俺の能力が誰かのためになるのだから。存分に利用してもらおう。


「本当か?」


 疑うような顔をしているザックさん。ちょっと失礼だよね。俺はもちろんと頷いた。ザックさんはエルを救ってくれた恩人だ。だから、やりたくないなんて言えるわけがなかった。


「はい。

 俺にできることなんですから、

 ザックさんのためにも貴族さんに吠え面かかせてあげます」


「貴族に吠え面かかせるのは、俺なんだよ!」


 ザックさんは不満そうに、けど笑った。

 あ、この人笑う人なんだ。俺は、彼につられて笑った。俺はこの先、誰かの役に立てるんだ。

 嬉しいな。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「じゃあ、持つものは持ったな」


 ザックさんが俺に呼び掛ける。

 うん。準備はできてるんだけど、俺、重要なことを忘れていました。集落があるのは、少なくともモンスターが大勢出る、森を越えなければならないことを。俺は、戦わなきゃいけないことを。


「でも、ザックさん、俺を置いて先に行くんですよね?」


「当たり前だろう、俺には仕事があるんだよ。

 マップも解放できるように教えてやったんだから、自力で街に来いよ!」


 ザックさんはそういった。俺、一人で冒険することになるの?

 心細くて、死にそうだ。ザックさんはもう走り去ってしまったし、ていうかもう見えない。早すぎじゃないですか?


「うぅ、ゆっくり行こう。

 食料も持ったし、忘れ物はないし。」


 はぁ、憂鬱だ。あんなに意気込んでおいて、魔物がいる森を抜けていくなんて。不運にも程がある。ザックさんがついてってくれたら楽なのに。俺は、戦わなきゃいけないことを忘れていたのだから。


「でも、持ち物は守らなきゃ。

 街に到着したら、門番さんに聞けばいいらしいし」


 仕方ない。仲良くなれるモンスターがいたら、旅のお供にしよう。そして、街まで頑張っていこう。

 俺だって、頑張れるんだってところを見せなきゃ。

 誰に見せるんだって話だけれど。きっと、誰かが見ているんだから。

 

 もふもふのパンも持ったし、ジャガイモとニンジンの煮物も持ったし、水筒にはリンゴとオレンジと他の野菜を混ぜた自家製ジュースも入れたし。わりと、万全だ。種もたくさん持ったしね。

 寂しすぎて、水筒にエルの絵を書いたのを見ていたザックさんには怒られたが。気にしない。心強い味方なんだから。

 

「よし、行けばなんとかなるさ!」


 俺は渇を入れて、森へ踏み出した。

 怖いけど、期待は裏切らない男なんだから、俺は。多分ね?

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