第7話 俺が思うに、モンスターと共生できないのは。
ぎゃあとか、ぴぎゃとかそんな鳴き声が、家中に響き渡った。それはエルの声ではあったが、今までに聞いたことのない、老婆の叫ぶような声だった。俺はすぐさま立ち上がり、エルのいる部屋まで駆けていく。
なにかがおかしい。
そう勘づくほうが早かった。いつもと空気が違って、少し澱んでいる。なにかが起こりそうな気配がした。
「エル!」
俺はエルのいる部屋の扉を開けた。力加減を間違えたようで、壁にごすんと扉がぶつかる音がした。しかし、俺は気にせず、エルの方へ近づく。エルの様子が変だ。怪我はもう直っているはずなのに、どうして。
すると、腕を誰かに捕まれた。
「おい、お前死にたいのか」
ザックさんだ。エルをまるで親の仇のように睨んで、俺に怒鳴り付ける。俺はただ首を振った。違う。
「じゃあ、何でここにモンスターの亜種が居るんだよ!」
「あ、亜種?」
ザックさんのいった言葉を繰り返す。亜種ってなんだ。そもそも、モンスターだったのか。でも、今は関係なくないか。
だって、エルは悪さなんてしていない。もしかして、他のモンスターも悪さなんてしていなくて、人間側に理不尽に殺されているだけなんじゃ。でも、モンスターは人を襲うというし。
「んな事も知らねぇのかよ!
こいつぁ、フェニックスとサラマンダーの亜種、混血だ。」
どっちにしろ鳥さんと蜥蜴さんじゃないか。燃えるだけだろ!
と、反論したかったが、どうやらザックさんはそれどころじゃないようだ。エルを睨んで、一応没収しておいた剣を抜刀しそうな勢いだ。俺は彼を気にせず、エルに触れる。
「あつっ」
エルの体毛は何時もより赤みを増していた。その熱がじわりと、俺の手を焼きそうではあったが、関係ない。
ザックさんが止める声も聞こえるが、俺としてはエルは大事なやつだ。
「あった。ステータス」
エルのステータスがある。青いアイコンみたいのではなくて、オレンジ色だ。モンスターのステータスアイコンらしくて、ボスだと紫や赤に変わるらしい。俺はそのアイコンをタップする。
淡いオレンジ色のボードが現れる。
フェニキス
フェニックス/サラマンダー 亜種混血
HP 1562/1856 ↓
MP 822/910 ↓
属性 炎
エルの体力がじわじわと削られている。魔力値もだ。数秒に2や3くらい下がっている。ゆっくりとだが、確実に。そして、エルの羽に妙なアザが浮かんでいる。黒い、蔦のような紋様だ。
それに触れようとした瞬間、ザックさんが俺の手首をつかんだ。
「それには触んな。人間がさわっていいもんじゃねぇ。」
「······でも」
俺が言い訳をしようとすると、ザックさんが鋭い眼光で睨む。俺は怯んで言葉も出なくなった。俺じゃ救えないのか。苦しんでいるのを見過ごすだけなんて嫌なのに。
「そいつを外に放て」
ザックさんのまさかの一言。この状態のエルを外に出せと?
俺は今すぐにでも彼の手を振り払いたかった。でも、彼が言葉を続ける。
「いいか。フェニキスは常に移動して生命を温存する。
その紋様は生命呪縛になってるんだよ!
つまり、外に出せば勝手にかえって、問題はねぇ!」
俺のからだから力が抜けていく。そうか、この家にずっといたから、それが呪縛になっていたのか。そうだったのか。俺がここに来たばかりで、なにも知らないせいで。
少しだけ、笑顔になる。
「そうだよな、ゴメンなエル。
外に出たかったよね。ほんとごめん。」
俺はエルを持ち上げた。拾ったときより逞しくなったよな。もふもふは少しサラサラになったし。
外に出してやろう。
こいつの親鳥もきっと探してる。それでいい。ちょっと涙が出ちゃうけど、エルが幸せになれるならそれでいいんだ。拾ってきたときみたいに、エルを戸口から出すことに困難する。
ただ、成長してもふ度が少しなくなったせいか、案外苦労はしなかった。エルを外に出す。エルは少しだけ眩しそうにお日様を眺めて。鳴いた。
「エル、お別れだね。
怪我もなおったし、存分に羽ばたけるよ?」
エルを撫でる。成長したせいなのか、やっぱり火傷しそうなくらいに熱い。でも、構わなかった。最後に触れるときくらい、そんなのを気にしなくていいようにしたい。
エルは俺に頬擦りをして、ちょっと寂しそうに羽ばたいていった。
その姿は、少し勇敢で、格好いい鳥だった。
「また、会えるかな······?」
涙がポロポロと出てくる。なんか、新鮮なお別れだったな。
不意にザックさんに背中を叩かれた。励ましではないのは、痛いくらいわかる。後で、事情聴取とかされるのかな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
SIDE アイザック=レイア
俺は眉間にシワを寄せた。家のなかは静まり返っており、泣きつかれた家主を起こさぬようにしている。
「まさか、モンスターと共生できるなんてな」
本当に稀少な存在らしい。モンスターは大抵、ひとつの領域に収まることができない。なのに、このハルっていう餓鬼は数日間一緒に暮らしていたらしい。しかも、仲良く。
俺としては不可解きわまりなく、ハルの行動が理解できかねた。
モンスターを調教しているわけでも、異常な執着や愛情を見せているわけでもなさそうだった。ただ、民間人が犬や猫を拾って、飼ってますみたいな。
「イカれてるな」
植物を一日で栽培しているし。
この国じゃ、植物は育たねぇ上に、財政難もあってか他国から輸入することもままならない。こいつは今度、西の街に売りにいくとか言っていたが、性質上、タダでやりそうなきがする。お人好しだからな。
「このままだと、こいつ誰かに騙されて、奴隷商人に売り払われるぞ」
ただ、根っこが頑丈な性格はしてる。その上がヒョロッヒョロだがな。俺はソファで眠るやつの顔を見る。涙のあとが残っている。
何で、呑気に暮らせているのやら。
「はぁ、身分を明かしたほうが楽だな······」
俺は呟く。この立場にいる以上、この餓鬼には教えなきゃならんことが多すぎる。Lv.0の存在も、生命呪縛も知らない変わった異星人に。
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