ROUND3
「待った?」
ヒロ君はそう言いながら小走りにやって来た。下はチノパン、上はセーターにコートをしている。それぞれのアイテムの色は地味だが、無難だといえるだろう。私は「とりあえずマフラーをしていなくてよかった」と思いながら、
「全然。今来たとこ」
と言った。
「よかった」
と笑顔を見せるヒロ君と手を繋いで歩き出す。
ヒロ君が予約していたお洒落な店に到着すると、二人で頼んだこともないようなワインで乾杯した。美味しい料理に舌包みを打っていると、自然と会話は盛り上がった。
そして私は頃合いを見計い、バッグを持って化粧室に向かった。メイクを万全にした状態でマフラーを渡そうと思ったからだ。
化粧をばっちりと決め、私はバッグの中からマフラーを取り出し広げて残っていた毛玉を取った。そして何週もそれを見た後、バッグの中にしまおうとした。その時、背後から何者かの手が伸びてマフラーを掴んだ。
振り返ったと同時に後ろのトイレのドアは閉じられていた。そして私の手から伸びるマフラーはそのトイレの中に続いている。
「ハゲジジイだ!」と私は悟った。全身が粟立つのが分かった。
きっとハゲジジイは何かしらの手段(恐らくこっそり私の携帯にGPS機能を搭載していたのだろう)によって私の居場所を突き止め、私がマフラーの最終チェックをするのを見越して化粧室のトイレの中で待っていやがったのだ。
マフラーは昨晩同様ドアの向こうに巻き込まれてゆく。私はまたこちら側を持って応戦するもマフラーは矢張り奪われてゆく。
「油断は禁物だぞ?ヨシコ」
ハゲジジイの声がする。なんという執念深さだ。
私は飽きれながら、しかし内心で勝利を確信していた。私はマフラーから手を放すと、その端を結んでこれ以上巻き込まれるのを防ぐストッパーにした。
そしてバッグから念の為作っておいたもう一つのマフラーの毛玉を落ち着き払って取り除いた。
ハゲジジイはマフラーの結び目によって今私が必死に応戦していると思い込み、負けてなるものかをマフラーを引き続けている。故に、今私は完全にハゲジジイの動きを封じたということだ。これで心置きなくヒロ君にプレゼントできる。私は悠然ともう一度リップを塗り化粧室を後にした。
その内ハゲジジイは私のトリックに気が付くだろう。早々に勝負は決めなくてはならない。テーブルにつくと、即座に私は、
「実はプレゼントがあって」
と切り出した。
「え?何?」
想像通りのリアクションだ。と計画が上手くいっていることに喜び、そして緊張しながら私はバッグに手を入れた。
その時化粧室の方から飛び出して来るハゲジジイの姿が見えた。
急がなくてはと、私は追跡者から目を離さずに「これ」と素早くヒロ君に突き出した。しかしヒロ君はそれを受け取らなかった。
顔を見るとヒロ君の視線もこちらに走って来るハゲジジイに向けられている。マズい。
「早く受け取れ!」
私は叫んだ。狐に摘ままれたような貌をしながらヒロ君が手を伸ばす。そこに向かって来るハゲジジイ・・・。
勝者は私だった。ハゲジジイが私たちのテーブルに到着する一瞬前に私はヒロ君にマフラーを渡すことができた。
それを見たハゲジジイは膝から崩れ落ちた。そしてフラフラと立ち上がると店を出て行った。
「なんだろうね?あ、ありがとう」
ヒロ君は戸惑った様子だったが、喜んでくれた。私は嬉しく思ったが、それよりハゲジジイに勝利したことの方が嬉しかった。
ディナーが終わると、「行きたいところがあるから」というヒロ君に手を引かれて、私たちは歩いた。最高の気分だったが、自分のその高揚した気分の原因がハゲジジイにあると分かると、猛省した。ヒロ君に失礼だ。
しばらく歩くと辺りにイルミネーションをつけた街路樹が増え始め、そして辺りは光のトンネルになった。
「ここに君を連れて来たくて」
ヒロ君は、そう言いながら私の編んだマフラーを私にもかけてくれた。臭い台詞だと思わないでもなかったが、それを越える程の感動があった。
「彼女にしてくれてありがとう」
私はそう言いながらヒロ君の肩に頭を乗せた。
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