第二九階 不遇ソーサラー、危機感を抱く
「楽しかったな」
「そうですね」
登録所の横にある休憩所でエリナと向き合い、食事をする。周りで騒々しく会話するパーティーがあまり気にならないくらい充実していた。それにしても、ダンジョンから戻る際に感じたあの違和感はなんだったんだろう? まあいいや。
「もうすぐだ、もうすぐエリナの仇が討てるぞ……」
小声でエリナに話しかけたつもりが、興奮のあまりか少し声量が大きくなってしまっていた。
「でも、クアゼルが狩りしているところを犯人が見ていたなら、怖くて襲えないでしょうね」
「ああ。だからまずは怪しまれないように俺がダンジョンで自決して、違う姿で【転生】してソロ狩りするつもりだ。それから例のトイレで待ち合わせ――」
「――クアゼル」
「ん? なんだ? エリナ……」
「その体は私の兄なのでしょう?」
「あ、ああ。でもどうせ兄だっていう記憶もないし……」
「クアゼル……」
エリナが呆れた様子で俺を見ている。なんでそんな目で俺を見るんだろう?
「どうしたんだ?」
「クアゼルの目的は仇討ちだけですか?」
「え……」
「私の記憶を呼び覚ますことも含まれているのでは?」
「……」
そうだった……。俺はエリナの記憶を戻したいと思っていたはずなんだ。そんなのわかっていたはずなのにはっとしてしまう。今までそのことを見ないようにしてたからなんだろうか。きっと無意識のうちに都合の悪いことから逃げていたんだ。今の状態が当たり前になってて、自然に受け入れてしまっていた。だからあのとき、猛烈な違和感に襲われたんだろう……。
「もし戻らなくても、今のままでも――」
「――それはダメです、クアゼル」
「エリナ……無理するなよ。エリナだってそのほうがいいはずだろ?」
「もう一人の……本当の私のことはどうするおつもりですか……?」
「そ、それは……」
「こういう状態が続けば、私は消えてしまうのでわからなくなるでしょうけれど……クアゼルは違うはずです。もっと辛くなるでしょう。あなたが私といたがるのは、こっちのほうが好きだからというのではなく思い出せば消えてしまうという罪悪感からではないですか? 逃げてはいけません」
「エリナ……」
反論できなかった。そうだ、別人格のエリナと仲良くなるうちに、彼女が消えてしまうことのほうが怖いと思ってしまっていた。正直な話、既に罪悪感というレベルでは片づけられないところまで来てしまってる感じはするけど……。
「逃げれば逃げるほどあなたは辛くなっていくはずで、それを私はとても心配しているのです。だから……あなたのことだけでなく、私のためにも本当の自分を呼び戻す努力をするべきではないでしょうか」
「……」
そうだよな。このまま膠着状態が続けば、本当に今のエリナのほうを好きになってしまうかもしれない。そんな彼女を失えば俺はもっと深く傷つくだろう。それを憂慮してくれてるってわけだ。
確かに別れるのは辛いけど、これ以上好きになるのは危険だし思い出すならなるべく早いほうがいい。彼女自身も記憶を失くしているとはいえあのエリナと同じだから危機感を持っているに違いないんだ。本当の彼女と一緒になることこそが誠意。綺麗事かもしれないが今はそう思うしかなかった。
「でも、どうやって……」
今までだって、俺はエリナの記憶を呼び戻そうと努力してきた。だから以前彼女と行った階層全てに潜ったし、例の女子トイレにだって通った。現在は男の姿なので一応女装したが。これ以上どうしろと……。
「何か良い方法はないでしょうかね。たとえば思い出の品とか……」
「思い出の品……?」
「そうです。大切な人から貰った贈り物であれば、たとえそれがどんなものでも記憶を呼び覚ますトリガーになると思います」
「……あ……」
そういや、天使の髪飾りをプレゼントした覚えがあるな。ただ、棺の中で遺体を見たときはなかったから、事件の際に誰かに盗られてしまったんだろう。なんせあれは滅多に手に入らない高級品だし……。
「覚えがあるみたいですね」
「ああ。でもエリナが襲撃されたときに誰かに盗られちゃったみたいだ」
「あら……取り戻せないものでしょうか」
「厳しいだろうな。なんかそういうスキルでもあればいいんだけど……」
ジョブに関する知識をある程度持ってる俺でも、そういう紛失したアイテムを取り戻すみたいなスキルは聞いたことがないからな。【転生】を続けていれば固有スキルをどんどん覚えていくからそれに期待する手もあるが、さすがにそんなに都合よく……って、待てよ?
「クアゼル、どうしたの?」
「もしかしたら取り戻せるかもしれない」
「……え?」
俺は慌ててマジックフォンを取り出し、自身の覚えている固有スキルの一つを調べてみた。
【呼び戻し】
一度触れたことのあるものに限り、紛失したアイテム、または行方不明になった人物を手元に戻すことができる。この効果はパーティーメンバーにも適用される。
俺は固有スキルの説明文を見て、全身に鳥肌が立つような感覚がした。思った通りだった。既に持っていたんだ。それもエリナの兄の固有スキルだったとは、なんという運命の悪戯か……。
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