第六階 不遇ソーサラー、心臓がバクバクする
あれから俺は1人でダンジョンから地上の休憩所へ行き、パーティーを抜けた後で肩に下げていた『九尾の狐』のエンブレムを外し、晴れて自由の身になった。登録所の隣にあるこの休憩所は文字通り憩いの場所になっていて、冒険者たちが外の景色を見ながら飲食したりお喋りしたりと思い思いの時間を過ごしている様子が窺えた。
町中は強力な結界によってあらゆるスキルが無効化されているし、防具はともかく強力な武器は一切使えない仕様だと聞いた。冒険者だと威力のある武器はマジックフォンに強制収納されるんだ。外部の者が剣やナイフを持って暴れるくらいはできるだろうが、モンスター相手に鍛えた冒険者たちによってすぐ取り押さえられるだろう。
「……」
俺はコーヒーを飲んで一息つく。本当に、ルーサの言う通り色んな意味で重いギルドだった。ソフィアには悪いが、これ以上自分に負担を掛けたくない。マジックフォンの魔法陣が輝き、連絡が入る。この発信番号はソフィアだ。
『クアゼル、ギルド抜けたんだね』
「ああ、もう耐えられないんだ。ごめん」
『あれだけ酷い扱いだったもん。しょうがないよ』
ソフィア、完全に洗脳されていたわけじゃなかったんだな。その言葉で涙が出そうになった。
『でもね、マスターって根は悪い人じゃないと思う』
「どうして?」
『ギルドのことを大事に思うあまり、その……どうしても能力とか気になっちゃうのかなって』
【空欄】のことを言いたいんだろうが、俺にはどうしようもできないことだ。それを執拗に責めるやつのどこに根が悪くないと言える要素があるのかがわからない。
「ソフィアがそこにいたいというならそれでもいい。でも俺は嫌なんだ」
『そう。それならしょうがないね』
なんだろう、なんだか今、言葉にまったく感情が籠もってなかったような。気のせいか。
『あのね、クアゼル。言いにくいんだけど。勝手に抜けたこと、一言謝ってほしいんだ。マスターに』
「ソフィア……」
もしかしたら、俺が勝手に抜けたことについて彼女が責められているのかもしれない。それでも、あいつに謝るくらいなら俺は冒険者を辞める。
「ごめん。それはできない」
『わかった』
「狩りに行ってくる」
『うん。私も行くよ』
「いいの?」
『うん。みんなこの時間帯はそれぞれやることがあるみたいだし』
「そうか」
久々にソフィアと狩りに行くような気がする。約束の時間に休憩所を出て登録所に入ると、少し経ってから彼女が到着し手を振ってきた。久々に見たソフィアの笑顔に胸が熱くなる。
早速パーティーを組んで情報を確認すると、レベルがかなり離れていた。俺が27で彼女は36。9レベルの差か、随分上がったな。人数の多いパーティーだと新しい階層にも行きやすいし上がりも早いんだろう。10以上離れると経験値の公平分配が出来なくなるから差を詰めておきたいところだ。
しかし何度見ても固有スキルの【空欄】が恨めしい。これさえなんとかなっていたら、ここまであいつらに見下されることもなかっただろう。ソフィアとも繋がりが深くなっていてギルドに入るような選択肢は生まれなかったかもしれない。
さて、久々のペアだし、嫌なことは忘れてはりきっていこうかな。ソフィアと一緒に狩りができなくなってからソロで一度潜ったっきりだから、腕が鈍ってないか少し不安にもなるが。まずスキル欄を弄ろう。
名前:クアゼル
年齢:37
性別:男
ジョブ:ソーサラー
レベル:27
LEP344/344
MEP560/560
ATK15
DEF12
MATK72
MDEF68
キャパシティ5
固有スキル
【?】
パッシブスキル
ムービングキャスト1
アクティブスキル
マジックエナジーチェンジ5
ベナムウェーブ5
インビジブルボックス3
マジックエナジーロッド3
ベナムウェーブ、マジックエナジーチェンジがともにレベル5になったことで、ムービングキャストがスキルツリーに発現し覚えられるようになった。移動しながら詠唱できるので、妨害を受けそうなときに使える。もちろんパーティーメンバーにも適用されるし、詠唱中はただでさえ隙だらけだから非常に有用なスキルだ。スキルレベルを上げれば上げるほど詠唱中に歩くスピードも上がるらしい。今回は地下四階層のミノタウロスを倒すということで絶対に不可欠だろう。下手をすれば一発で即死するらしいからな。
「うわ」
「凄い音でしょ、クアゼル」
「ああ」
まず驚いたのが、地下四階に下りる階段の前で既に大きな音がしていることだ。ハンマーを振り下ろした影響か熱風まで伝わってくる。冒険者の中でも特に魔法使い系に人気の高い狩場だと聞いた。マミーが可愛いと思えるほどのタフなLEPを持つミノタウロスは、DEFは普通だがMDEFが低いのだ。それに攻撃速度も遅いため、よほど間違わなければハンマーに当たることもないという。
ただ、その分当たれば即死するから、初めて行く冒険者にとってみれば緊張感は物凄いらしい。正直今の段階でも心臓がバクバクしているからなんとなくわかる。
「気を付けてね。私は何度か行ったから大丈夫だけど」
「そりゃ頼もしいな」
「すぐ慣れるよ」
ソフィアはまったく緊張してる感じがない。なんだか随分遠くに行かれたような気分だ。装備だって、俺があげたものはもう処分してしまったのか、上等そうな艶のあるマントに、複雑な幾何学模様が施されたスーツ、小さなドクロが施されたおしゃれなキャップを身に着けている。武器に至っては支給されたロッドから高級品のアークワンドに変わっていた。寂しい気もするがそれだけ頑張ったんだろう。置いて行かれないように俺も努力しないとな。
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