嘘はダメよ
宮崎女史に諭されたからだろう
藤田さんが僕に認められたいと公言する事はなくなった
仕事もこれまでとは別人のように頑張るようになり、いい傾向だと思っていたのだが、僕に対するアピールが止む事はなかった
僕は困惑していたが、誰にも迷惑かける事なく頑張るならいい事だと少しづつ藤田さん寄りになっていく宮崎女史
遂には、桃ちゃんの努力を課長はもっと認めて褒めてあげるべきとまで言い出す
藤田さん=藤田桃香=桃ちゃんである
あの藤田さんは、いつの間にか宮崎女史のお気に入りの桃ちゃんに昇華していた
不思議なもので、仕事ができるようになるとオドオドした感じがなくなり、元来目鼻立ちが良い藤田さんはどんどん綺麗になっていった
言い寄ってくる男性も少なくないと聞いている
もう僕如きに拘る必要もないはずだが、何故か懐いたままである
流石にこれだけ真っ直ぐに向かって来られると悪い気はしない
もしかしたら、眞紀に向かう僕もこんな感じだったのかもしれない
僕は藤田さんに押し切られる形で、たまに二人で飲みに行く間柄になっていた
二人で過ごす時間と比例して、親密度は徐々に上がっていく
今、僕は独身で彼女も独身
眞紀の時とは条件が全然違うが公然にしている訳ではない
そもそも藤田さんの独身は未だ公然ではないのだ
いつもの店も、いつのまにか決まっていた
今日も店で待ち合わせ、いつものように飲んだ
藤 課長、そろそろ変えてくれませんかねぇ
僕 何を?
藤 もー
藤 いつも言ってるじゃないですか
藤 呼び方ですよ、ヨ・ビ・カ・タw
僕 藤田さんは藤田さんだよ
少しあきれ顔で軽く睨みながら彼女は続ける
藤 それはそうなんですけど、少しよそよそしいですよ
僕 だけど藤田さんは藤田さんだよ
藤 そもそも、“さん”とか付けなくていいです
僕 んー
僕 じゃあ、藤田
僕 これでいい?
藤 もー
藤 でもとりあえずそれでいいです
なんか少し満足そうな顔
なんでだ?
藤 私も変えていいですか?
僕 何を?
藤 課長の呼び方です
僕 どうしたいの?
藤 洋一さん!
僕 絶対ダメ!
僕=野里洋一である
藤 どうしてダメなんですか?
僕 間違って社内で洋一とか呼ばれたら死んじゃうから
藤 えー・・・
藤 絶対間違えませんから
僕 絶対ダメ!
藤 じゃあ飲む時だけは?
僕 絶体ダメです
藤 わかりました、未だいいです・・・
全く信用できない
もし会社でそんな風に呼ばれたら即死だ
藤 じゃあ代わりにひとつお願いがあるんですけど・・・
僕 嫌だ
藤 未だ何も言ってないんですけど・・・
僕 無理
藤 聞くだけ聞いてください
僕 じゃあ聞くだけね
藤 一回私の料理を食べて欲しいんで、作りに行っていいですか?
料理だと?
あの藤田さんが?
でもすごく頑張ってる感が伝わってくる
悪い気分ではなかった
僕 うちには大きな子供が二人もいるの
僕 そもそも僕は料理は自分でする主義だし
藤 いつもお世話になっているお礼がしたかっただけなんですけど・・・
何故か少し涙ぐむ藤田さん
焦る僕・・・
僕 わかったよ
藤 いいんですか?
僕 作りに来るのはダメ
僕 でも、一回だけ招待するから食べにおいでよ
藤 え?本当に?
こいつ・・・
全然泣いてないじゃん・・・
僕 一回だけね
藤 嬉しいです
藤 課長が作った料理なら、どんなものでも全部私食べます
失礼な奴・・・
ビシッと完璧な料理作って二度と作りたいとか言わせないようにしてやる
とか思いながらも、藤田さんを家に招く事を楽しみにしている僕・・・
8月のある日
僕は約束通りに藤田さんを家に招き、得意のパスタを振舞い少し高めのワインをあけて彼女をもてなした
長男は友人と旅行に、次男は部活動の合宿でいない日を選んだのは、若い女性を家に招く事を子供に知られたくなかっただけで、決してそれ以上の事を期待して選んだわけではなかった
12:00
約束通りの時間に彼女はうちにやって来た
僕 いらっしゃい
藤 おじゃまします
僕は彼女をテーブルにつかせ
僕 あとは仕上げだけだから、ちょっと待っててね
藤 家の中少し見てもいいですか?
僕 リビング以外は各々の部屋だからダメだけど、ここから見える場所ならご自由に
いろいろと見てまわっていたようだが、彼女の足が止まる
藤 これって奥様ですか
僕 うん
藤 すごく綺麗な人なんですね
僕 うん、見た目は良く褒められるよ
藤 そうですよね、かなり綺麗ですもんね
僕 ありがとう
藤 どんな人でしたか?
僕 しっかりしてて、全然お金使わない人だったよ
藤 そうなんですか
僕 彼女がいたから、この家も一括で買えたし
僕 とにかくしっかり者だったよ
藤 凄いですね、私とは全然違いますよ
僕 いいところは人それぞれだから
僕 ま、座って食べようよ
藤 わっ!
藤 おいしそーカルボナーラですか?
僕 そうだよ、薄かったら塩振って食べてね
藤 すんごいおいしいー
藤 私、料理作るとかもう言えません・・・
僕 唯一の趣味で年期も入ってるからね
藤 凄すぎです
僕 褒め過ぎw
僕と彼女は食後のコーヒーを飲みながら他愛のない話題で夕方まで過ごした
17時を過ぎた頃、僕は彼女を駅まで送ると言って一緒に家を出た
藤 少し早くないですか?
僕 でも、もうすぐ子供も帰ってくるから
藤 そうなんですね
立ち止まる彼女
藤 課長、嘘はダメですよw
僕 何が嘘?
藤 お子さん達、今日帰って来ないですよね?
僕 何故?
藤 私、カレンダー見ちゃったんですよねーwww
僕 ・・・
藤 ま、許してあげますよ。料理も凄く美味しかったしw
僕 ・・・
藤 その代わりw
僕 どうして欲しいの?
藤 どうしてくれます?
こういう駆け引きができる娘だとは思っていなかった
とっさに僕は
僕 また招待するよ・・・
藤 本当ですかw
僕 嘘はダメなんでしょ?
藤 ダメですよw
僕 ハハハ
藤 送ってくれてありがとうです
藤 私、誰にも絶対に言いませんから
僕 何を?
藤 今日招待してくれて、ご馳走してくれた事ですよ
僕 そうか、それはありがたい
藤 最後にハグしてくれます
僕 僕の最寄り駅で何言ってるの?
藤 わかりました、最寄り駅じゃなければいいんですよね?
藤 約束ですよw
僕 わかったよw
藤 ごちそうさまでしたw
彼女は何度も何度も振り返りながら駅に消えていった
僕は彼女に圧倒されながらも、決して悪い気分ではなかった
僕は家に帰り、一人で残りのワインを飲みながらいろんな事を考えていた
彼女の事、妻との思い出・・・
眞紀の出番が少なくなっている事に、僕は少し寂しさを感じていた
きっと眞紀の中の僕もだんだん少なくなっているだろう
もしかしたら、もう姿はないのかもしれない・・・
そう考えると少し辛かった
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