1話
どうしてこうなった?
「オラ牙無し、どうしたオラかかってこいよ、オラ」
俺は今地面に倒されていた。はっきり言ってボコボコにやられている。鼻血も出ている、半べそかきそうである、ボロ切れのようである。
今、俺を見事倒したオラオラ野郎も入れて俺達二人は円上に囲む形で作られた柵で出来た闘技場に居る、だから逃げ場は無い。そしてその外側では沢山の人が俺を見て笑い
その様子に姉さんがブチギレて今にも乱入してきそうな雰囲気だけど、兄さんが止めてくれていた。まいったな、朝に俺は許さないキリッ、とか言ってみた手前いきなり格好の悪い事になってしまった。どうしてこんな事になったか、それは今日の朝ご飯を食べた時からだったかーーー
ーーーはぁ、全く姉さんも兄さんも朝から飛ばしすぎだ。今日はただでさえ嫌な事があるから折角の朝ごはんも味がしないよ。あ、このベーコン旨い、う~ん塩加減が絶妙。
「ところでカヌイ、今日の夕方に
うげ、兄さん、それは忘れようとしてたのに。それにこんな話をしたらきっと。
「カヌイ、次は良い結果を見せてくれるだろうな?」
「……はい、カンソさん。頑張ります」
「捨て子だったお前をここに置いてやっているんだ、牙無し、などと呼ばれてくれるな。私まで馬鹿にされた気分になる」
「まぁまぁ、あなた、カヌイも頑張っているんだから、見守ってあげましょう。それに強さが全てじゃないでしょう?」
「父さん、言い過ぎ。それ以上はあたしも怒るよ」
「お前達は甘過ぎる、大体だな……」
嫌味のような事をカンソさんは言ってくるが、俺は何も言い返せない。思うところはもちろんあるけれど、カンソさんは恩人なんだ。親に捨てられて孤児となっていた赤ん坊の頃の俺を育ててくれた、何故だか父親として接してはくれず、また俺がカンソさんを父として接することも許さない。
本当は兄さんや姉さん、母さんと呼ばせる事も嫌がっていたらしいがそこは母さんが頑なに譲らなかったらしく、カンソさん以外は家族としての呼び方だけは許された。だけどその代わりに俺の部屋は屋根裏、まぁ空いてる部屋が無かった事も理由の一つだけど。でも地味に俺は気に入っている、あの狭さがたまらないんだよね。
「全く、どうしてこんなに弱いのか」
カンソさんは一通り俺への嫌みを吐き出した後、仕事に向かっていった。カンソさんが出ていって直ぐに兄さんが俺を慰めてくれる。
「カヌイ、すまなかったな。余り父上の事は気にするな、あれは期待の裏返し、つまりは父上なりの激励のつもりなのだよ」
「ありがとう兄さん。分かってるよ」
「あたしが鍛えてあげよっか?」
「止めておけ、妹よ。前にそう言って腕をへし折っただろう」
「次は折れないように頑張るわよ、カヌイが」
「やはりお前は止めておけ、それに俺とお前ではカヌイと状況が違う。そもそもの戦い方から同じには出来んのだ」
「やってみなきゃ分かんないでしょーが」
「あはは…」
みんな心配してくれている、というより心配せざるを得ないほど俺は弱い。本来俺達人狼は
村の皆からは戦える力を持たない人狼、
「二人ともありがとう、勝てるか分からないけど頑張るよ」
「気持ちで負けちゃ駄目、勝てるかどうかじゃない。殺すぞ、ぐらいで行きなさい。大丈夫、人狼そんな簡単には死なないから」
姉さんがキランと歯を輝かせ、サムズアップしながらえらく物騒な事を言ってきた。姉さんが普通に怖い件について。
「妹よ、そんな物騒な事は爽やかな笑顔で言うものでは無いぞ」
「うっさい、だったら兄貴はなんかアドバイス出来んの?」
「アドバイス、そうだな。よしならば俺の必殺技、魔を
「長いし痛いしうざい。カヌイ、あたしのジル
どうやら夕方まで俺は二人からしごかれる事が決定してしまったらしい、まぁ二人とも滅茶苦茶強いから何か参考になるかも知れないな。それに二人の気持ちが痛いほど伝わってくる、それだけで嬉しい。
「カヌイ、無理はしないように。辛かったら、相談してね」
「母さん、うん。ありがとう」
母さんは心配そうに俺を見つめてくる、その優しさについ目頭が熱くなってしまった。そんな感動を覚えながら朝ごはんを食べ終わる、と同時に姉さんに引き摺られる形で連れていかれた。嫌な予感しかしない。
因みに戦儀とは、人狼同士一対一で戦い序列を決めるモノである。基本的に指名制で俺とやらないかと言われれば断れない。まぁ別に断ってもいいけど、それは逃げたと見なされ皆の視線が冷たくなるからほぼ断れない。俺の序列は下から数えた方が断トツに早い、何故なら俺が一番ドンケツだからね。嗚呼、泣きそう。まぁ兄さん達とのお手軽修行でちょっとでも強くなれたらいいな。
いざ、修行編に突入!
「カヌイ!渇望せよ勝利を、忌避せよ敗北を、思い出せ原初を!秘匿されし
兄さんは何を言っているんだ。
「ジル殺法その一、バッと近付いてガッと殺す!その二、ビュッとしてザっと殺す!その三、投げて殺す!」
姉さんは脳まで筋肉になっちゃったのか、全く分からないし俺で実演しないで。
終始俺の修行はこんな感じで進む。良く分からない理論?の勉強後、ようやく実践に役立つような事を教えてくれる雰囲気が出てきた。
「魔爪をお前に授けよう」
兄さんはそう言って獣化をする。ゴキゴキと体からは骨の軋む音が鳴り響き、筋肉から骨格までどんどん肥大化していく。その過程で全身から黒い毛が生え初め、狼の姿に近付いていった。
「牙亞アアァァァァ!!!!」
獣の遠吠えが響き渡ふと、そこに現れたのは成人男性1.5人分くらいの背丈、漆黒の体毛に覆われた二足歩行の狼。その瞳は鋭く、人であった時の温かみは無い、正に獣。だけどそれ以上に格好良く、まるで兄さんじゃないみたいだった。
「ふぅ、どうだ。雄叫びがあった方が迫力があるだろう?」
「兄貴うっさい、また近所迷惑だって怒られても知らないから」
「フッ、我が
前言撤回、伝授までまだまだ時間が掛かりそう。姿は恐ろしくも格好良い怪物だけど、中身はやっぱり残念ガッカリ兄さんだった。
@
「ぜぇぜぇ、本気で、走るとは。フハハハ、我が妹は、恐ろしいなぁ」
「はぁはぁ、離せ馬鹿兄貴ぃ、変態、お尻触んなぁ」
姉さんと追いかけっこをして、何とか姉さんを捕まえ肩に担ぎながら帰ってきた兄さん。既に先程の格好良さは無い、俺こんな人から教えてもらうのかぁ、なんか嫌だなぁ。
因みに姉さんもしれっと獣化している、兄さんはやたらと雰囲気を重視してるけど、本当はそんな必要は無く割りと直ぐ変化出来る。
あと余談だけど俺達が着ている服は獣化しても破れないよう
そんなこんなでようやく息を整えた兄さんが、キリッとした顔で俺の方を向き、真面目に技を教えてくれた。
「…では今から魔爪の継承を始める。よく見ておけ、これが、これこそが魔を穿ちし空喰みの爪だ」
そういうと兄さんは俺から近くにあった木、木と言っても獣化した兄さんよりも二回りも三回りも大きい大木に向き直る。そして大きく右手を広げ、右側に身体を捻る、捻り捻り、可動域の限界まで身体を捻りきると、そこで力を溜めるように身体を留めた。身体からはギチギチと肉が引っ張られるような独特な音が鳴っている。
「はぁぁぁ!!」
そして限界まで縮小された筋肉を一気に解放するように、縦に腕を振り抜く。振り抜かれた腕は風を切り裂き、音を置き去りにしていると錯覚するほど大きく速く腕をしならせ大木に振るう。、物凄い風圧と共に目の前にあった木を上から下まで真っ二つどころか縦四つに切り裂き、大木は大きな音を起て崩れ落ちる。更についでとばかりに地面にも抉るような傷跡を四筋残していた…何これ??
「ふぅ、これが俺の必殺技。放てば必ず殺し、外せば潔く己の命を切り捨てるという意思と誓約が込められた切り札たる一撃。これすなわち必ず殺しの業。故に必殺、技だ」
「す、凄い。また兄さんが格好良く見える」
「カヌイ、騙されちゃ駄目。それ普段とのギャップだし、実際意味分かんないから」
「良いか、コツとしてはだな…」
その後俺も獣化して魔爪の練習を昼過ぎまで休み休みにやってみたが、全く出来ずに終わってしまった。勘違いしないで欲しいが、フォーム、やり方は完璧とはいかないけど習得はした。ただ兄さんの魔爪の原理は身体の可動域限界まで引き絞る事で腕の振り幅を確保、その後力のあらん限り、思い切り振り抜くという脳筋仕様の力業。そもそもとして腕力が足りていない俺にはそこまでの威力も出ず、結論殴った方が早いし隙が無い、見せ掛けだけの必殺技になってしまった。
「まぁ、仕方ないかぁ」
あと王牙は全く無理でした、顎の筋力が違い過ぎて物理的に無理。
「まぁ心配するな、いつかお前にも自分だけの必殺技が出来るさ。魔爪は参考程度にでも覚えておくと良い」
優しくて、格好良く人狼族最強の戦士。兄さんの欠点は痛いだけでそれ以外は完璧。だけど余りにもその欠点が大き過ぎる、他では隠せない滲み出る残念さ。そして兄さんの欠点は物心付いた時から始まり気付けば早20年、もう諦めるしかない。モテる要素をほぼ全て兼ね備えているのにただ一つでモテない、可哀想な兄さん。
「次あたし、あたし教える!兄貴邪魔、あっち行け」
うん、駄目だ姉さんには不安しかない、今から胃が痛くなってきた。どうしてか、昔に折られた右腕までも疼いてきた。今度こそは耐えてくれ、俺の骨っ子達。
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