旅立ちの狼

しがない役所魂

プロローグ

ーーー人狼、彼らの姿形は只の人族と殆んど変わらない。そう殆んど、異なる所は瞳、体の何処かに現れる切り傷のようなアザ、外面はこの二つだけの為、殆ど区別がつかない。

 

 しかし内面に関しては人族とは全く異なる、故に人狼として種を分けられた。その一つとして変身能力にある。彼らは狼の姿に変化することが出来る、しかも只の狼ではなく2m近い体躯に二足歩行を可能とし、更には物を掴む機能をも獲得した。造形こそ狼に酷似してはいるが似て非なる存在、獣に変貌する事が出来る。何故変身出来るのか、様々な諸説が飛び交うも結局答えは謎のまま。

 

 そして悲しくもその力を持っていたが為に人狼は人を騙る怪物として、人族から永らく迫害を受ける。またそれに呼応する形で人狼も抵抗し、強大な力を持って人族を傷付けた。そしてまたそれに怒りを燃やす人族、終わりの無い争いが勃発し人族と人狼は長く抗争を続けた。

 

 やがて元々数に劣る人狼が追い詰められ人族、亜人族が住んでいる大陸から、別の生態系が築かれていた島へと逃げた事でこの争いは一つの終息を迎えた。その後の彼らを見た者は居らず、百年余りの歳月が過ぎようとしていた。


その間で人族は人間と改め、侵略の末に大陸の覇者として頂点に立つ。しかしそれほどの歳月が過ぎようと、地位に立とうと人間は次代に語り継ぐ、アレは人成らざる獣、駆逐するべき存在、人喰み、神に見放された人混じり、なのだと。

 

 そしてそれと同様に人狼も次代に語り継ぐ、奴らは簒奪者、滅亡すべき諸悪、略奪狂い、神の名を騙る獣、なのだと。

 

 

 

 

 @

 

 

 「どうしてだ!」

 「何故、何故分からないの?!」

 

 両腕で赤子達を抱える栗色の髪に凛とした雰囲気を持つ女性、そして黒髪に顔の左眼に掛けて二筋の爪で裂かれたようなアザが特徴的な男性が女性を守るように立つ。

 

 「全ては貴女様の為、延いては我らが国の為なのです」 

 

 対峙するは銀色に輝く剣を構え、今にも斬りかかりそうな雰囲気を醸し出している壮年の騎士。

 

 「この子が、俺達の過去の怨嗟を断つ希望なのだ!」

 「黙れ人狼!貴様は犯してはならぬ罪を犯した、ならばその罪を貴様の命で償え!」

 

 黒髪の男が騎士に対して訴え掛けるも、全く聞き入れず黒髪の男に向かい剣を上段に構えながら地を抉る勢いで突貫する。騎士の男に少しだけ遅れて黒髪の男も腰に備えていた肉厚の短剣を逆手で抜き、騎士に劣らない勢い、後手の不利すら覆す圧倒的速度で駆け出す。

 

 「カアアァァ!!」

 「フッ!」 

 

 二人の武器が打つかり、鉄の不協和音が響き渡る。両者共に中空にて火花を散らしながら鍔ぜり合い、そのまま直ぐに斬り結ぶ。手加減など一切考えない死合、瞬きすらも死に直結する剣戟を繰り広げ始める。力で勝る剛腕の騎士、速度で勝る駿足の男、どちらも並みの使い手では無い。

 

 騎士は剛腕で黒髪の男は勿論の事、次いでに大地すら叩き割ろうとする勢いで剣を振り下ろす、それに対し黒髪の男は短剣の側面で受け流そうと短剣を当てるが、流石の威力に流し切れず、後方へ撥ね飛ばされてしまった。しかし黒髪の男は衝撃で身体が宙に浮かされるも地に足が着いた瞬間には体勢を立て直し、音すらも置き去りにしていると錯覚するほどの速度で突貫、騎士の男が剣を構えるよりも早く斬り掛かる。

 

 「小賢しい犬め」

 「何故前に進もうとしない、何故未来を考えない?!」

 「考えているとも、王女様を唆した愚者、その血族一族を滅ぼしてこそ我が国に安寧が訪れるのだ!!」

 「悪しき歴史を繰り返すつもりか!!」

 「黙れ犬畜生が!!」

 

 どちらも勝る部分で優位に立ち、そして劣る部分で危機に瀕する、それの繰り返し。

 

 「もう、やめて」

 

 赤子を抱えた女性は絞り出すような声で、願いを口に出すも誰も聞き入れない。女性に争いを止める力は無い、原因こそ女性だがこの場、この闘争の中に彼女は含まれていない。声に意味は無く、泡のように軽い、だから届かない。何時だって女は男の争いに入れない、その力が無いから。

 

 「王女様、王女様、王女様ァ!!この犬めを直ぐに殺します故、私と戻りましょう!!」

 「お前の、お前らの示す道にあいつ自身の幸せは無い!」

 「かの大国アスラ、その第二皇子殿との婚約も決まっていた姫様を唆し奪った貴様が、それを言うか。戯言も大概にしろ!!」

 「あいつ自身の意思だ!金、見栄、虚飾にまみれたお前らには■■■■の願いなど分からない、夢も知らない、お前らこそ■■■■の事を語るな!!」

 

 剣と短剣が打つかり合う、たった数十秒の斬り合いで幾度死線をくぐり抜けていようか。一手のミスが死へと誘う極限の綱渡りへ当たり前のように踏み込み、渡り切る。双方の得意技能は違えども実力は拮抗、恐怖で動きが鈍る事はない鉄の心、技量、精神力共に非凡、一手のミスすら起こさない、もしミスを犯してもそれすら呑み込み次に繋げる機転、スタミナ切れなど期待は出来ない。そんな怪物同士が鎬を削り合うならば、勝敗はどこで着くのだろうか。そう、それはーーー

 

 「ふ、ふえぇ」

 

 黒髪の男は赤子の泣き声にほんの一瞬、隙とも言えないような、されど確かに意識を女性に抱えられている子に向けてしまった。

 

 「余所見など、余裕だ…な!!」

 

 極限の集中の世界にいる者にとってそれは余りにも致命的な隙、騎士はここぞとばかりに渾身の一撃を振るう。黒髪の男も紙一重ではあるが短剣で逸らす、しかしその衝撃の強さに体勢を少しだけ崩してしまった。揺らがぬ怪物同士の闘いにとって僅かな揺らぎは死に繋がる、黒髪の男の体勢が整うよりも速く騎士が攻め立て追い込みを掛ける。

 

 「処刑処刑処刑処刑!!!!」

 「グッ!」

 

 騎士の荒々しく苛烈な乱撃に黒髪の男は生傷は数を増し鮮血を飛び散らせる。その顔に苦悶が浮かんでいた、しかしそれでも辛うじて致命傷は受けない、否、させない。黒髪の男は逸らし避ける、負傷こそすれ決定打を受けないのは騎士の強み、そして弱みでもある剣術にあった。騎士の斬撃は破壊力こそ図抜けていれど、精緻さに欠け直線的な動きであった。極論ではあるがまともに当たれば死は免れない、しかし当たらなければーーー

 

 騎士の男が上段から袈裟斬りを放つもその軌道を読み、添えるように短剣を合わせる。先程からの騎士の猛攻を崩れた体勢で何度も繰り返し、そして成功させてきた、だから生きている。落ち着けば難しい事ではない、今度も同様に。その筈であった。

 

 (…やけに軽、ッッ!)

 「抜かったな」

 

 騎士が放った袈裟斬りの受け流し自体は成功した、しかし受け流した筈の剣は今、黒髪の男の顔目掛けて飛んできている。騎士の男は殺気を込めるもわざと力を抜き、軽く袈裟斬りを仕掛けていた、騎士の男も馬鹿ではない、黒髪の男の技量の高さは身に染みて理解していた。だからこそ己の剣を逸らせるという自信を利用する。

 

 騎士は受け流された反動を利用する事で素早くその場で回転し、その勢いのまま突きを放つ。全くの予想外の行動に流石の黒髪の男も過剰に反応してしまい大きめのスウェーで避ける、その結果元々不安定であった体勢は崩れてしまった。そこに騎士の男は左足での蹴りを放ち、更に揺さぶりを掛ける事で黒髪の男の体勢を戻す時間を奪い、間髪入れずに蹴りの勢いを存分に付け空を斬るような横薙ぎを決める。

 

 「しまっ!!」

 

 ほぼ手打ちのように振るった黒髪の男の持つ短剣は、十全な状態で振るわれた騎士の一撃の衝撃に耐えきれず吹き飛ばされてしまう。そうして無防備となった黒髪の男に向かい、騎士は上段へと剣を持ち上げ、真っ直ぐ振り下ろした。

 

 「これで、仕舞いだ!!」

 「……」

 

 黒髪の男は見つめる事しか出来ない、己に向かってくる剣はさながら断罪のためのギロチンのようにも見える。不思議な事に死が近付くと己に迫る剣が、騎士が、己自身が、思考以外の全てが遅く感じる。

 

 脳裏に浮かぶのは、守りたかった我が子達の笑顔、未来、新たなる明日。

 

 「すまない■■■、■■」

 

 そして黒髪の男に刃が迫り、そのままーーー

 

 

 

 

 

 

 ーーー男達の戦いを零度の如き冷たさを孕んだ金色の瞳で見つめる黒髪の男がいた。本来ならいる筈も無い人物、故に彼らの視界には映っていない。存在しない幽霊のようなモノ。

 

 『貴方達が始めた物語だ。起承が過去である貴方達ならば、俺がその先の転結を進める。進み続ける、いつかの終わりまで、止まることなく』

 

 ふと、赤子を抱える女性を見る。

 

 『貴女の残した宝物はやがて時を経て、一人は歩む者、そしてもう一人は築く者へと成る。きっと貴女はそれを望まなかっただろう。だけどやはりこの始まりが必然なら、今に至るのもまた、必然。だから俺も進むんだ、貴女達の想い、望んだ明日を踏み潰してでも、俺はやり遂げてみせる』

 

 男はこの幻想を硝子のように粉々に砕き、前方へと目を向ける。男の視線の先には一人の女性に率いられた人間の軍勢、同郷の見知った顔。そして男の背後にもそれと同程度の幾千の獣、同志という名の手駒達。

 

 『さぁ、世界の滅亡を見届けよう』

 

 世界よ畏れ戦け、魔王は物語の前から誕生しているのだ。

 

 『俺が為すか、君が為すか、運命は果たしてどちらに微笑むか。クククッ、運命なんて下らない。決まっているだろう、俺が彼らの明日の為に敵を滅ぼす、ただそれだけだ』

 

 男は金色の瞳を輝かせながら勢い良く、右腕を振り下ろす。

 

 『いざ、開戦だ』

 

 

 

 

 

 @

 

 

 

 

 チュンチュン

 

 鳥の鳴き声、そして燦々と輝く太陽の光がドストライクに俺の顔を照らしていた。眩しいぜ。

 

 「ぅん、くあ~」

 

 眠気を大きな欠伸で吹き飛ばそうとしてみるが眠いものは眠い、当たり前だけど。それに最近変な夢を見る、というより昔からたまに見ていた夢が最近になって頻度を増していた。

  

 その夢は始まりも終わりもいつも同じ、出てくる人物は見たことも会ったこともない人達、しかも起きた後は顔が全く思い出せない。

 

 「夢の中でははっきりと見ていた、と思うけどなぁ」

 

 この夢のおかげであまり寝た気がしない、寝てるのに寝不足とはこれ如何に。ちょっと上手くない?

 

 「…」

 

 どうやらボッチ過ぎて漫才の真似事をしてしまう様になってきたみたいだ。でもいいさ、人は死ぬ時は一人、ある意味予行練習みたいなものだからな、そうだぼっち最強!あれ可笑しいな、急に涙が流れてきた。悲しい事なんてないはずなのに。

 

 不意に俺の愛読書が視界に入る、八歳位の頃から読んでるけど、文字が村とは全く違い、随所に散りばめられた挿し絵と照らし合わせての解読だから進まない進まない。だけど何故か飽きなくて読み続けている、まぁ八歳位から俺はぼっちになったから本読むくらいしかやることが無かったんだけどね。因みに本の中身は多分だけど未開の地の冒険譚となっている。

 

 「カヌイ、早く起きなさい!」

 

 おっと、下から姉さんの声がする。どっかの誰かさんは起きないと妹が頬にキスをしようとしたり、潜り込んで来ようとするらしいけど、こっちは起きないと頬にパンチを仕掛けようとしてきたり、水の中に潜らされるからな。ぼっち以外にここまで格差を広げるなんて、やはり神は死んだか。

 

 まぁ、バイオレンスだけど優しいところはあるからな、あった…よな?ある筈だ、あって欲しい。

 

 「カヌイ!次声掛けて起きなかったら川に叩き込むからね!」

 

 ヤバい、そろそろ姉さんがぶちギレてここに踏み込んでくる。取り敢えず起きてる事は知らしておく方が良いよね。

 

 「姉さ…」

 「そう、急かしてやるなジル、カヌイだって男子おのこ。そう準備に時間が掛かるのだよ」

 「時間?何に掛けてるのよ」

 「何ってナニに決まっている」

 「意味分かんない」

 

 おい、なんて事吹き込んでやがるんだ兄さん!このままじゃ兄さん諸共俺も変態扱いの上、川に沈められる!

 

 「起きてるから!姉さん俺起きてるからね!直ぐ降りるよ」

 「カヌイよ、己の荒魂あらたまを鎮めてからでも良いぞ」

 「変態兄さんは黙っててくれ!」

 「荒魂あらたまって何?」

 「姉さんも反応しない!」

 

 カヌイこと、俺の朝はいつもこんな感じで始まる。騒がしくて疲れるけど俺は大好きだ。血の繋がりが無くたって、俺は家族だと思っている、だからこの幸せを壊す奴は俺が許さない。

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