第71話 助言

「馬場くん、ちょっとよろしいデスカ?」

 私がやや抑揚を押さえた声をかけました。

「お、おう」

 私は何故か緊張している馬場くんを少し離れたところに連れて行き、

「手短に話しますが、カナデは馬場くんと一緒に奈良公園を散策することを望んでイマス。ここまではよろしいデスカ?」

「おう。そういう話はしてあったからよ」

「では、馬場くん。ちょっとしたアドバイスなのデスガ、歩くときはいつもより歩幅は小さくゆっくり歩いてくだサイ。私の見たところカナデの靴はおろしたてのようデスノデ、歩きにくいかもしれまセン。元々馬場くんの方が歩幅は大きいデスシネ」

「わ、わかった」

 素直で結構です。

「それから、なるべく、カナデの顔を見て話をしてあげてくだサイ。同じ景色を見るときは目線の高さを合わせるのを忘れずニ」

「お、おぉ? もしかしてまだ続くのか?」

「もう少しだけデス。どうか頑張ってくだサイ。これは、できればでいいのですけれど、カナデが手を繋ぎたそうにしているのに気付いたら、馬場くんの方からそっと手を取ってあげて欲しいのデス」

「そ、それはちょっと……」

「カナデはきっと喜びマスヨ」

 喜んでいる顔が目に浮かぶようです。

「ぬう」

「最後に、二人で自撮りをしてくだサイ。鹿さんが入るくらいはいいデスケレド、二人だけの画像を、デス。絶対デスヨ」

「大変だな。覚えきれねえよ」

「無理に全部は覚えなくていいデス。馬場くんが自然に、カナデにしてあげたい、と思うことをしてあげてくだサイ」

「ああ、わかった。そうするよ。でもなんで?」

 こんなことを、という意味でしょうか。

 それは当然、

「友人に喜ばしい体験をして頂きたい、その気持ちに何か問題でも?」

「そっか。カナのこと、大事に思ってくれてサンキューな」

「あら、馬場くんもですよ」

「あ?」

「友人です。大切な」

「っ!」

 あら、照れるのですね馬場くんでも。



「あー! ルールー! ババチンと何喋ってるの! 私も混ぜてよー!」

「なんでもないデスヨ。ところでカナデ、ここからは別行動ですヨネ?」

「え? いいの? 班別じゃん? 六人一緒じゃないの?」

「ここまでルール破りをしておいて何を今更」

「ルールーって結構ワル?」

「周りに影響されやすいもので」

 と、ちらりとリンカに視線を向けておきます。

「ちょっ! それあたしのこと!?」

 リンカが騒いでいるのは脇においておいて、カナデは大変喜んでいる様子。

「じゃあ! じゃあさ! ババチンと二人でぐるっと回ってきていい?」

「勿論デス。一時間後くらいに、入り口あたりでいかがでショウカ?」

「わかったわ!」

「水元、わりいな」

「いいえ。楽しんでらしてくだサイネ」

 カナデと馬場くんが並んで先へ進んでいくのを、私たちは見送りました。


「ねえねえルゥ」

「なんですか、リンカ」

「馬場きゅんにいっぱい助言してたけど、あれっていっつも浩一郎さんがしてくれてることだったりするん?」

 にまにまと笑いながらの質問に、正直に答えました。

「そうですね。手を繋いで、とか自撮りを、のところは私の願望ですけれど、大体は。浩一郎さんはいつも私に気を遣ってくださいマス。私はもっと対等でいたいのですケレド」

「そっか。苦労してんねルゥも」

「そんなことないデス。毎日新しいことばかりで楽しいデス」

 


 私たちものんびりと奈良公園の散策をしました。

 しかせんべい、というのを買うと、買う前から鹿が大量に寄ってくるのですね。

 びっくりしました。

 今住んでいるところよりはずっと自然が多く、少しだけ故郷を思い出すこともできました。故郷にこんな大量の鹿は居ませんけれど。 


 だいたい一時間が経ったころ、集合場所に戻りました。

 ちょうど、カナデと馬場くんも向かってくるところでした。

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