第72話 御礼
奈良公園の散策が終わり、予定していた集合場所で、
「ルールー!」
私に気付いたカナデが駆け寄ってきます。そのまま抱き着いてくるつもりのようです。とても受け止めきれそうもない勢いなので抱きとめると同時に私を軸に円運動をしてほぼ一回転。なんとか無事にキャッチできました。
「何今のたのしー! もっかいやりたーい!」
「御勘弁くだサイ……。カナデ、どうしたのデスカ?」
と尋ねると、カナデはなんだか泣き笑いのような顔になりました。
馬場くんが何かやらかしたのでしょうか。
ちら、と馬場くんに視線をやると気まずそうに視線を逸らします。
これは疑惑が深まりましたね。後で折檻が必要やも……。
カナデは私の耳元でささやいてきます。表情とは異なる、喜びに満ちた声で。
「あのねあのね! ババチンがね、すっごいカッコよかったの!」
「おや。それはなによりデシタ」
「いつもはひとりでズンズン歩いていくのに、今日はね! 私に合わせてすごいゆっくり歩いてくれたの! それに、私の靴のこと褒めてくれたんだよ!」
それは助言してませんでしたね。やりますね馬場くんも。
「それからいっぱい写真撮ったの。あとでルールーにも見て欲しい!」
「はい。勿論見せてくだサイ」
「そんで、二人の写真も撮ろうって、ババチンから言ってくれたの!」
「良かったデスネ」
「うん! でもね?」
「でも?」
カナデはやおら神妙な顔になり、
「そんなん変じゃん? 変だと思うじゃん? ババチン、そんな上手なデートできるタイプじゃないじゃん?」
「そうデスカ?」
とぼけてみましたけれど、無理そうですね。
「そうだよー。だからね、ババチンを問い詰めたの! なんで今日はこんななの、って! そしたら、ルールーがいっぱいアドバイスしてくれったって!」
「バラしてしまいまシタカ」
私は素直に自供しました。
「口を割らねば馬場くんも自分の手柄になっていたものを、彼も正直者デスネ。ごめんなさいカナデ。よかれと思ってなのですケレド、差し出がましいことをしてしまいマシタ」
「ううん! 違うの!! 嬉しかったの! ババチンもね、すっごい照れながら、カナが喜んでくれてくれて嬉しい、って、言ってくれたの! こんなのはじめてだったんだから!!」
カナデの抱擁は強くなる一方で、私は少し苦しくなりました。こ、呼吸が。
肩を二度ほど叩いて、抱擁を解いていただきました。
「よかったデスネ」
「ありがとルールー」
「御礼なんてとんでもない。少しはご恩返しができたなら、私も嬉しいデス」
「恩返し? 私なんかルールーにしてあげたっけ?」
覚えておられませんか。
「全校集会で、先生方に叱られてまで、私を護ってくれたではないデスカ」
「あー。うん。あれか。そっか。あったねそんなことも」
「カナデも、馬場くんも、リンカもみんな私によくしてくださいマス。こちらこそありがとうございマス」
そして、修学旅行の費用を出してくださった浩一郎さんにも改めて御礼を。
この楽しい日々をどのようにすれば浩一郎さんにお伝えできるのでしょうか。
「オイ、オメエゴリラみてえなツラの割に可愛いの連れてるじゃねえの。何人か回してくれよ!」
私が感慨深く思いを馳せていたのを、甲高い男性の声が遮ってくださりやがりました。せっかくの良い気分を台無しにした不逞の輩はどこのどなた様でしょうか。
私、結構怒っております。
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