第79話 救済 


 遭難から救助されてから数日して、ようやく俺の体が動くようになってきた。


 親父はずっと集落の仕事の手伝いをしていた。

 すっかり溶け込んでいるのはあの親父の人柄、なのだろうか。

 これまでの人生で親父と関わる機会がほとんど無かった、あるいは避けていた俺には親父という人間がよくわからなかった。


 自分勝手で、好き放題にやっていて、子供のような男。

 それがその時までの印象だった。

 遭難して助けられ、この集落に居ついている間に、少しずつその男おやじの印象が変わってきていた。そのことに気付いた。


 俺の方はというと、ようやく体が動くようになってきて、集落をフラフラと歩きまわるようになった。

 力仕事など男手が必要な作業は数多くあるようで手伝うことができればよかったんだが、まだそこまでは快復しておらず、無理をするなと言われた(言葉は分からなかったが身振り手振りでそのように伝えられた)。


 集落は小さな島の中で、人が住むことのできる更に小さな範囲に形成された、本当にこぢんまりしたものだった。

 ただ、狭いなりに人はいて、小さい子供もちらほらいた。

「キャー!」

「アハハハハッ!!」

 よそ者が珍しいのかやたらとまとわりついてくる。

「おいやめろ。よじのぼるな! あぶねーだろ!」

 そんな子供たちの相手をしたりして、俺は時間を潰したのだった。母親たちからは好評なようで「楽ができていい」といった顔で笑っていた。子供は本当に生まれたばかりのような女の子の赤ちゃんから小学校高学年くらいの子まで様々だった。それより上の世代になると男手として仕事に駆り出されていた。


 いつかの夜の街で相手をしてくれた先輩は、殴りかかった俺に優しくしてくれた。彼と同じようにするのは無理でも真似事くらいは、と思って子供たちと遊んでやった。笑う、なんてことを何年もやってなかった俺の顔は笑おうとするとぎこちなく変な風に歪んだ。それがかえって面白かったのか子供たちが大笑いするので、まあいいか、と思ったりもした。


 その日から、俺の仕事は子供の世話係になった。

 一緒に遊んだり、メシを食わせたり、細かな仕事を一緒にやったり、泣いてる子供をあやしたり、おしめを替えたり、まあとにかく子供に関するあれこれをやった。


 楽しいか楽しくないかでいえば、きっと楽しかった。

 数日もすると、今日はガキども来るの遅せえなあ、とか考えるようになっていたのだから。知らぬ間に楽しみになっていたほどなのだから。


 そんな、自身の変化に気付いた時の衝撃は、強烈な印象を俺に残した。


 誰かを待つ。何かを楽しみにする。役に立てる居場所がある。

 誰かに待たれる。期待される。一緒にいたいと思える。思われる。

 誰かに自分の存在を認められている。

 いや、俺が俺自身を認めることができたのが、まさしくこの時だった。


 この感覚は、きっと誰かに、たとえば佐々木先生や親父に口で言われても、理解できなかったろうと思う。俺みたいなひねくれ者は特に。


 実際に、その場で体感しなかればわからなかったに違いない。


 俺は親父の言う通り、俺はラッキーだった。

 勿論遭難したことがじゃない。

 命が救われたことがでもない。

 俺が俺自身を救えたのが、ラッキーだったのだ。


 数週間の滞在を経て、迎えの船が来た時には、もう帰るのか、と変な郷愁を感じた。足や背中にまとわりついて泣きじゃくる子供たちを笑いながらいなすのが大変だった。笑いながら俺も実はちょっと泣いた。

 船に乗る前にみんなで写真を撮った。その写真を眺めていると、たぶん、あの馬鹿みたいにデカい家にひとりで居ても、これからは大丈夫なんじゃないかと思えた。



「どうだ浩一郎、今回の冒険の成果は?」

「まあまあだった」

「そうか。そりゃあ、よかった」

「親父の方は、どうなんだよ」

 親父とこうして会話するのは久しぶりだった。

 親父はいつも通りに最大級の笑顔で、

「最高だった。最高の友人ができて、最高にハッピーな約束まで交わした」

「なんだよその約束って」

「まだ早い。そのうち教えてやる」

「なんだそれ」

「楽しみにしとけ」

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