第76話 内緒話


 修学旅行3日目。

 最終日の朝食の時間の後、点呼の時間までの少しの間、私は佐々木先生と話すことができました。

 佐々木先生は水元くんには内緒ですよ、と前置きをして、浩一郎さんの中学校の頃の話をしてくれたのです。


「――それでね、水元くんはどうしても就学旅行にはいかない、と言ってきかなかったんですよ」

「そうなんデスカ」

「あの頃の彼はね、いつも寂しそうなくせに意地っぱりでね、どこを目指していいのか分からない、迷子のような子だったんですよ。苛立ちを外に向けて暴れることでしか自己を表現できないような、ね。校内ではそれはそれは問題児扱いされていたわ。馬場くんなんか比べものにならないくらいの暴れん坊だったのよ。なんど水元くんを庇って当時の学年主任や校長に叱られたか数えきれないわ」

 それは、文句を言いたいようでいて当時を懐かしむようでもある、とても柔らかい口調でした。


「今はまったくそんな風には見えないデスネ」

 今の浩一郎さんはとても優しく、とても温かい人です。

 歳月が人を変えたのでしょうか。

 けれど、佐々木先生は違った答えを仰いました。

「そうですね。きっとあの夏休みが彼を変えたのでしょう」

「あの夏休みトハ?」

「ルゥさんも伝え聞いているのではないですか? あなたたちふたりが関わるきっかけとなった、あの夏ですよ」

「え」

 あの、生まれたばかりの私と、遭難して御父様に救われた浩一郎さんとが出逢ったという、あの夏に、ですか。


 当時の記憶など私にはあろうはずもなく、遠く想いを馳せることしかできませんでした。

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