第77話 中坊


 新しい朝が来た。いや、もう昼か。

 頭がガンガンする。起き上がることもできない。

 ルゥさんがいてくれれば水でもなんでも……って甘えすぎだ馬鹿か俺は。

 ルゥさんと俺の関係性は親父の身勝手によるものだ(ウォンさんも合意してはいたらしいが)。

 その現状に、俺は甘えている。

 くそったれ。

 ベッドの上の毛布を被って頭痛を誤魔化しながら、俺は、俺が中坊の頃の親父のことを思い出していた。



 当時の俺からすると、親父はそれはもう大変身勝手な生き物だった。

 普段家に居やしない癖にたまに帰ってきたかと思えば、いちいち絡んでくる。

 それが嫌で、目障りで、鬱陶しくて、仕方なかったのだ。

 お袋も仕事柄、家に居る方ではなかったが、思春期かつ反抗期真っ只中の俺との距離感は分かってくれていたせいか、まだ親父ほどには嫌いではなかった。



 中学二年――今のルゥさんの一学年下――の頃、俺は特に荒れていた。

 学校にはたまにしか登校せず、登校したらしたでつまらないいざこざを起こし、遅刻早退を繰り返し、挙句に他校の不良と喧嘩三昧。

 教師すら匙を投げる有様の俺に、親身になってくれる先生がひとりいた。


 ルゥさんの学年主任の佐々木先生だ。


 佐々木先生は当時は三十代の前半くらいだったはずだ。

 新婚ホヤホヤで家庭を大切にするべき時期のはずなのに、よく俺に構ってくれていた。他の先生に小言を言われながらでも俺に関わってくれていた。

 登校しなければ電話がかかってくるし、授業をサボればサボり場所を嗅ぎ付けて引きずっていき、やりたくもない学校行事に巻き込み、兎に角、俺のことを気にかけてくれた。

 気にかけてくれた、と思えるのは今だからこそで、当時はうざったいババアだなどと大変失礼なことを考えたりしたものだった。

 だが、家には誰もおらず、学校にも居場所の少ない俺には、誰かに顧みられているという実感はきっと有難かったのだと思う。いつかの夜の街のヤンキーの彼がくれたコーラのように。

 俺が高校から大学へ進学する際、教育学部に進学したのは佐々木先生の影響が少なからずあったのかもしれない。今の仕事は営業職で、全然活かせてないのだけど。

 なんにしろ、佐々木先生のおかげで道を踏み外さないでいられた俺だが、修学旅行にはいかなかった。行きたくなかったのだ。


 数は少ないが当時の俺にも友人ツレはいた。

「なあ水元、オマエ修学旅行に行かねーってマジかよ?」

「おう。金がねえから行けねーんだ」

「はははっ。金が無いってこたねーだろ。オマエんち大豪邸じゃん」

「ありゃ俺の家じゃねえからさ。親父の建てた親父の家だよ」

「まあそりゃそーだがよ」

「親父の稼いだ金で修学旅行なんぞ行ってたまるかよ」

「ふうん。水元がそう決めたんならしゃーねーよな」

「悪りい」

「ちょっとは楽しみにしてたんだぜ?」

「……ごめん」

「土産話楽しみに待ってな」

 友人はそう言って俺の決断を認めてくれた。

 馬鹿なガキの、ガキなりの矜持のようなものを。

 生活費の全てを賄ってもらってるんだから修学旅行だけ反発してどうすんだよ、と今の俺ならそう思う。ついでにルゥさんの素直さを見習えよ、とも思うわけだが。



 その代わりなんだかなんなんだか知らないが、夏休みに俺は親父に身柄を拘束された。拘束された、というのは洒落でも冗談でもなく文字通りの意味だった。寝ている間に簀巻きにされて、気が付けば空港の手荷物検査場を抜けて、飛行機に乗せられていた。

 親父曰く、

「修学旅行をサボった代わりに大冒険に連れて行ってやろう」

「したくねーよ」

 そう言い返すことだけが当時の俺の精一杯の抵抗だった。

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