第85話 襲来
八月一日。
月初は月末の細かい事務処理の始末さえ済めば案外早く帰れるものだ。俺みたいな営業職は、だが。人事や経理は毎度お疲れ様だなあ、と。俺にはあの手の仕事はできんな、と思う。
いつものようにいつ崩れてもおかしくないボロアパートの錆びた階段をあがり、いつものように二階の突き当りの部屋の鍵を回し、いつものようにドアを開けて、
「ただいまー」
「おかえりなさイ、浩一郎さん。あの……」
いつものように出迎えてくれるはずのルゥさんの声の調子が、違った――
「うげ」
「おーうおかえりー」
「おかりなさ~いこうちゃん。今日は早かったのね~」
――のは
「うげ、とはなんだ。実の両親に向かって」
「こうちゃん、ママ悲しいわ~」
やかましいわ。実の親以外に言うか。
「それで? 何しに来たんだよ。つーかさ、狭いんだから俺ん
「用が無いと来ちゃだめなの~? ママ悲しいわ~」
いい歳してクネクネすんなよお袋。
親父は親父で、
「ん? 事前連絡ならしたぞう。今日、国際電話で浩一郎のケータイに。全く出なかったのはお前の方だろう」
とか言いやがる。あっ、あの着信百回くらい残ってたワケわかんねえ番号。
「あれ親父からかよ! いきなり知らねえ国際番号なんか出てられるか!」
自分勝手が服を着て歩いている男にこれ以上何を言っても無駄か。
それにしても親父とお袋が揃って来るのも珍しい。
どっちか片方でもレアケースなのに。
どっちか片方でも相手が大変なのに。
今回は両方か……。
「で、もっかい聞くけど何の用?」
「いやな、俺、浩一郎に伝え忘れていたことがあってな」
「もうこの時点で嫌な予感しかしねえなオイ」
「ハッピーな情報と、超ハッピーな情報、どっちから聞きたい?」
アメリカ映画みたいな聞き方するのやめろや。くそ。ツッコミ入れるのもめんどくさい。
「……ハッピーな方からで」
「なんと! 明日の! 八月二日は! ルゥちゃんの十五歳の誕生日でーす!」
「いえーい!」
とバカ親ふたりがハイタッチしているのは無視するとして。
「は?」
え? なんて? 誕生日? ルゥさんの!?
初耳ってレベルじゃねーぞ!
「ルゥさん、ほんとに?」
「はい、明日が私の誕生日でス」
あーマジなのかー。そうかー。まあルゥさんは自分から言うタイプじゃないしな。
「で、超ハッピーな方の情報は、明日誕生日パーティーをしまーす! ここだと狭いので俺の自宅、つまり浩一郎の実家でやりまーす! いえーい!!」
いえーい!! じゃねえんだよ!
明日、平日だぞ。そんで俺はサラリーマンだ。
それに誕生日プレゼントとかどうすりゃいいんだ。
ああー、もうこの親父は! 何もかも唐突過ぎるんだよ!!
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