第3章 冷血女と呼ばれてますが、何か。

第28話 混乱

 私――日下部椿くさかべつばきは大混乱の真っ只中にいた。


 最高の気分から、混乱の坩堝るつぼへ。

 急転直下は遊園地のジェットコースターだけで十分よ。


 最高だったのは、同僚の水元くんに休日の土曜に偶然逢えたところまで。

 ちょっと着ている服がルーズ過ぎたのが失敗だった気もするけど、ギャップ萌えってことでいいだろう。たぶん。水元くんも私の肩とか胸とか見てたし。


 で、それからなんのかんのあって(長いので端折る。もうめんどくさい)、私はコブ付きの水元くんと一緒にケータイショップでスマホを選んでいるのだった。



 その、水元くんのコブのスマホをね!



 コブ付き、と言っても水元くんは未婚。

 離婚歴も無いことは、人事部の男をたらしこんで聞き出したから間違いない(内規に触れますので良いマトモな社会人は絶対に真似しないようにね)。

 十四歳の従妹だの姪だのなら、まだよかった。可愛いわねー、で済んでいた。ひょっとしたら仲良くなって、水元くんとの橋渡しさえしてもらえたかもしれない。


 が、しかし。


 まさかの婚約者だというのだ。それも親同士の決めた許嫁!?

 コブ付きにも限度ってものがあるでしょう。


 その上、ケータイショップのスタッフに、

「お子様のスマホをお探しですか?」

 と言われた時は流石にカチンと来た。

「違います!」/「違いマス!」

 カチンときたのはコブの方も同じだったようだけど。

 こんなでかい子供がいるように見えたのだろうか、あのショップ店員は!


 私は混乱と苛立ちの極致にありながら、女子中学生に適切なスマホを店員よりも的確にピックアップしていた。感情と実務は切り分けられる。それはここ数年の仕事で身に着いた技術だ。仕事の判断に私情を持ち込むヤツは駄目。ロクなやつじゃないしロクな結果にならない。


「この辺がいいんじゃないかしら。サイズはそんなに大きくないけど、中学生の女の子の手にはちょうどいいんじゃない。それに割と新しい機種だし」

「流石だなあ日下部さん。俺はデカけりゃいいって思ってたよ」

「男性はその方がいいんでしょうけどね。色はいくつか選べるけど、どうせカバー付けるでしょ? 色に拘って透明カバーにする?」

 さっさと終わらせたくてアクセサリー類の選択に入ったのだけど、

「えっ? えっ?」

「日下部さん、情報が早いっす。ルゥさんがついていけてないっす」

 小娘の頭からぷすぷす煙が出てるのが見えるわ。

 そういえばこの子、どこだかの辺鄙な島出身なんだっけ。

 この手の情報端末以前に家電に触れるのもはじめてレベルなのかしら。


「ま、アクセサリー関係はゆっくり選べばいいんじゃない? そうそう、料金プランは家族割りにすんのよ!」


 家族割り! 甘美な響き。私も水元くんと料金プラン家族割りにしたい!


 頭の中でそんな妄言が繰り出される。

 あー、だめだ。もうだめだわ。これ以上傷つく前に帰ろう。

 帰って酒でも飲んでふて寝しましょう。そうしましょう。


「じゃ、私はこれで失礼するわね。水元くん、また月曜に。会社でね」


 早口でまくしたて、ショップを足早に出ようと踏み出した時、あの小娘――ルゥとか言ったか――が私の腕をそっと掴んだ。


「あの、ありがとうございまシタ」


 あー、こりゃかわいいわ。ほんとかわいい。私が男だったらほっとかないわ。

 そりゃ水元くんもメロメロになるってもんだわ。このロリコンめ!


 小娘は私の腕を掴んだまま(離しなさいよ。服が伸びるでしょ)、視線を水元くんに向けた。何かを訴えるように。


「あ! あのさ! 日下部さん、今日の御礼にこのあとランチとか、どうすかね?」


 えっ。

 嬉しい。


 嬉しいけど。

 この腕にぶら下がってる可愛いコブもついてくるのよね、絶対。

 御礼の提案者はおそらくこの小娘なわけだし。

 複雑な気分だ。


 休日にこんな気分になるとは思いもしなかったわ、ほんとに。

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