第29話 御礼
スマホ購入の諸手続きの完了を待って、私は水元くんと小娘と三人でランチに向かった。
「カレーでいいすかね?」
と、水元くんからの提案。
カレー。カレーね。
会社の同僚の女性への御礼には、いささかどうかと思うチョイスであるけれども、まあいいでしょう。確か近所に評判のお店があったはずだし、そこを選んだのだとしたら及第点だ。
と思っていた時期が私にもありました。
水元くんに案内されたのはカラフルな外装店外にもバリバリに香辛料の香りが漏れ出す「インド・パキスタン・本場のカレー」とか看板がかかったガッツリ現地風のカレーショップだった。
「ハイ、イラッシャイマセー。サンメイサマネー。オクノセキドーゾー」
店員さんのある意味正しく定型的な案内に身を委ね、私たちは奥の席に着いた。
四名席で、ソファ側に私を座らせ、水元くんと小娘は並んで座った。
「ここめっちゃうまいんすよ! あ、でも辛いの苦手だったら
「う、うん。ありがと」
ページをめくるたび、ペリペリと音のするメニューを見るとライスの選択肢はなかった。全てナン。ナンのみ。ナンで食べさせるタイプのインドカレー屋だった。お米が良かったなあ。まあ仕方ないか。
「チューモン、キマッタ? マダ? キマッタラヨンデネー!」
店員さんのテンションは私とは真逆でやたらと高い。
そしてローテンションの私の正面では、
「浩一郎さんは決まりまシタカ?」
「俺はいつものやつで」
「いつものトハ?」
「チキンの辛いやつ。旨いんだアレ」
「じゃあ私も同じのがいいデス」
「辛いよ?」
「がんばりマス!」
「じゃあ、ラッシー付けとこうか」
おうおう、見せつけてくれますねえ。目の前に御礼をされるべき相手が座ってますけど? 水元くん? そのあたりどうなってんの? んん?
「あ、日下部さんは決まりました?」
「……」
もういい。しらない。どうでもいい。
「く、日下部さん?」
「週替わりカレー。サラダ、ラッシーセット。ラッシーはマンゴーで」
感情と実務を切り離す。さっさと食べて帰る。決めた。
出てきたカレーのセットは写真よりナンが大きかった。食べきれるわけない。
「オネーサンビジンダカラサービスネ!」
その気遣いは要らないから。マンゴーラッシーのおかわりの方が嬉しいから!
しかし折角の気遣いを無碍にするわけにもいかないので、ナンをモリモリ食べていく。あら、おいし。
眼前では水元くんと小娘がイチャコラナンをちぎっているのがどうにも気に入らないけれど、カレーとナンがおいしいのでギリギリで許せている。
「故郷の島のごはんみたいデス」
「食器とかあんまり使わないんだっけ?」
「そうなんデス。お箸やナイフ、フォークの使い方はオジサマに少しだけ教わりマシタ。テーブルマナーはまた今度、って仰られてそのままデス」
はあ。そういうことね。
不慣れな小娘に合わせてナンを食べさせるカレー屋さんチョイスなわけね。
あーそうですか。お優しいことですのね!
私への御礼とか言ってなかったっけ? おいしいけど! おいしいからギリ許すけど!(2回目)
あ、そうだ。
「ちょっと小娘」
「日下部さん、呼び方ァ!」
いいのよ。私の中でこのルゥって子の呼び方は小娘に決定した。
水元くんの抗議を完全に無視して、
「アンタ、学校の友達にSNSかなんか誘われてるんでしょ」
「はい。そうデス」
「ちょっとスマホ貸してみなさい」
ひったくるように受け取り、とりあえずメジャーなところでRINEをインストール。
「はい、私のアカウント登録しといてやったから、なんかあったらトーク送ってきなさい。細かい使い方はそこのロリコンのお兄さんに訊けばいいわ」
ロリコンがなんか言おうとしているけれど無視。小娘との会話を続ける。
「ありがとうございマス。日下部さん」
「別にアンタのためじゃないけどね」
フン、と鼻を鳴らして、マンゴーラッシーを一気飲みする。ラッシーもおいしい。確かに意外な穴場だわココ。
「日下部さんなんでRINEを?」
こういう時の察しもトコトンわるいわね水元くん。
「女同士にじゃないとわかんないこととか相談しづらいことがあるのよ!」
「あ! あー! すみません!」
「貸し、ふたつめ。早めに取り立てるから」
「う、ういっす」
会計はもちろん水元くん持ちだ。奢りのごはんはいいものだ。
「水元くん、御馳走様」
「いえ、こちらこそ助かりました」
「ビジンノオネーサン、マタキテネー!」
ええ、また来ることにしよう。今度はひとりで。
落ち着いた気分の、快晴の休日にでもね。
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