第26話 友達
「馬場くん、と仰るのでシタカ?」
「あぁン? なんだよ転入生」
あくまでも好戦的な態度を崩さない馬場くんとやら。こちらを睨みつけてきます。
私の方は彼を見るでもなく、教室全体を眺めながら、自身の、肩で切り揃えた髪をそっと撫で払いました。
宣言します。
「私のこの銀髪は、私の御母様の形見デス。この髪に誇りをもっていマス。ゆえにこの色を変えるなどということは絶対にできまセン。幸いにして、学校側からは寛容なご配慮をいただいてもいマス」
「はあ? 何て? ホコリ?」
嘲りを含んだ口調。私はこれを侮辱と判断します。
いいでしょう。やってやりましょう。
オジサマも仰っていました。「やる時は徹底的にやれ」と。
なので、私は知りうる限りの日本語を駆使して、やり返して差し上げました。
「馬場くん、あなたの金髪はなんデスカ? よろしければ浅学な私にお教えくださいまセンカ? 何のためにわざわざ、ご両親から受け継いだ髪の御色を、似合いもしない下品な色にして喜んでいるノカ。その理由を」
「てめえ!」
馬場くんが椅子を蹴倒して立ち上がりました。
教室のあちこちで短い悲鳴。泣き出す女の子もいるようです。ごめんなさいね。
ですが、どうかお赦しを。
これは私の尊厳をかけた戦いですので。
泣いている子と異なり、私には恐怖はありません。
もっと恐ろしいことなど、これまで幾らもありました。
「その髪と態度は、そうやって周囲を威嚇するためデスカ? それとも格好いいとでもお思いデスカ? 他の方たちと違うことをして目立ちたいのデスカ? いずれにしても、愚鈍ととしか言いようがないデスネ。あ、お分かりになりマスカ、愚鈍。愚かで鈍い、と書きマス」
恐怖はないですが、彼の注意を私に引き付けておく必要は感じています。他のクラスの皆さんにこれ以上のご迷惑はかけられませんから。
「この野郎!」
馬場くんがこちらに勢いよく近づいてきます。
教室最後尾の座席の彼が最短ルートで動いたとしても、教室の最前の私の所に来るまで、まだ十分に時間はあります。煽る時間は。
「失礼、愚か、と言うのは髪を理由もなく金色にスル行為自体のことで、馬場くん自身のことではありまセンヨ。お間違えなきようお願いしマスネ。動きは見るからに鈍そうですケレド」
駄目押しの挑発。彼の足音が強く、速くなる。
あと数メートル。
「それと、どうせ染めるなら、眉毛も金色にされテハ? 髪が金色で眉が黒色は、おかしくはないデスカ?」
「黙れオラァ!」
ようやく打撃戦闘の間合いに入った馬場くんが拳を振りかざしました。一発だけは甘んじて受けましょうか。私もそれなりに彼を侮辱をしましたしね。
殴られた勢いで体を入れ替えて、関節でも極めてしまいましょう。それでお終いです。関節を破壊する前には敗北を認めてくださるでしょうから。
そこまで判断し実際その通りにしようとした、まさにその時。
「馬場ァ、その子はさ、どーせ金髪にするんだったら、ちゃあんと
という、楽し気な女の子の声が割って入りました。
ちょうど私の立っている前の席。最前列。
髪の毛を左右に束ねた、眼鏡の女の子がケラケラと笑っていました。
指摘された馬場くんは振り上げた拳を降ろして股間を隠すようにして内股に。
ここでようやく我に返った加藤先生が「馬場くんは席に戻りなさい! 放課後で職員室に来るように! 水元さんもいい加減になさい!」と物凄い勢いで叱責をされました。
ひとまずこの場は、それで収まることとなりました。
「可愛い見た目の割に過激なこと言うねえ」
と先ほどの眼鏡の女の子が仰いますが、
「私はそんなはしたないことは申しておりませんデシタヨ」
彼女はケラケラと独特な笑い方をして、
「そりゃわかってるよー。引けないところだからやりあった、ってところでしょ」
そゆのカッコいいね、と言って、彼女はまたケラケラと笑いました。
「あたしは
「漢字、分かりマスヨ。素敵なお名前デスネ」
「ありがと。変な名前だけどさ、あたしもけっこー気に入ってんだよね」
「私は――」
「水元ルゥちゃん、でしょ。さっき聞いたよん」
森木さんはまたまたケラケラと屈託無く笑いました。
「よろしくお願いしマス」
「こちらこそ!」
「では、水元さんの席は森木さんの隣とします。森木さん、お願いね」
「了解でーす。お任せあれー」
ちょっとしたいざこざを起こしてしまいましたが、よいお友達ができてよかったです。帰ったら浩一郎さんに是非聞いていただきたいです。
なお、お仕事から帰宅された浩一郎さんにお話しましたところ、馬場くんのくだりで滅茶苦茶叱られました。叱られるのは解せませんけれど、浩一郎さんに叱られるのははじめてだったのでこれはこれでちょっと嬉しかったです。「叱られてる時に笑わない!」とも言われてしまいました。えへへ。
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