第25話 挨拶

 初登校の日。

 佐々木先生、加藤先生との面談が終わると、浩一郎さんはお仕事に向かわれました。このためだけに午前のお仕事を休日扱いにしていただいたそうで。

「ごめんなサイ」

「いいのいいの。ルゥさんはうちの子なんだから」

「むぅ」

 思わず膨れっ面になってしまいます。子供扱いは少々不服です。

 私、許嫁ですよ?

「?」

 浩一郎さんは何もお分かりでないようで少々残念です。


 それはそれとして、午前をお休みにしていただいたのは申し訳なくあり嬉しくもあるのです。私のために時間を費やしてくださっているのですから。

 浩一郎さんは学校を出る前に、ぐっと親指を立てて見せられました。

「ルゥさん、転入初日は最初が肝心だから! 頑張ってね!」


「水元さん、行きますよ」

「はい」

 担任の加藤先生に自身の所属するクラスに案内されました。

 この中学校は各学年6~7クラス、1クラス40名前後、といった規模だそうです。

 私には、それがこの国の中学校の一般的な規模なのかはわからないのですが、故郷の島の全ての人数を足したよりもずっと多くの子供達が、この建物の中にいることにちょっとした感動を覚えました。

 しかも、この建物の中で、皆、将来に向けて学ぶのです。

 学ぶことこそが本分であるとは!

「知ることは力になるんだよ」と、オジサマも事あるごとに仰っていました。

 そんな素晴らしい環境で過ごせるなんて!

 私はなんて幸運なのだと思う一方で、故郷を想い少し複雑な気分にもなるのです。


 2階の職員室から、綺麗に掃除のされた廊下を進み、階段を4階まで登り、いくつかの教室を通り過ぎ、ひときわ賑やかな声が聞こえてくる教室の戸の前で、加藤先生は足を止めました。

 戸の上にぶら下がっている札には3-Dとありました。

 どうやらここが私の所属クラスのようでした。

「水元さん、私が先に入って、転入生であるあなたのことを紹介しますから、その後、入室して一言ご挨拶を。お名前と、よろしくお願いします、だけで十分ですからね」

 にこり、と笑んで緊張を和らげようとしてくださる加藤先生は、

「はい」

 と私が頷くのとほぼ同時に、勢いよく教室の戸を開けて、

「こらっ! 静かにしなさい! 他のクラスまで響いていますよ!!」

 別人のような怒声を発せられたのでした。あまりのギャップに息が止まりました。


「今日から皆さんは3年生なのですから、先生がいなくても静かにしておきなさい。皆さんは下級生の手本とならねばならないのですよ! と、お説教してばかりもいられません。本日、新しくこのクラスに転入してきた生徒さんがいますので紹介しましょう。水元さん、入ってください」

 促され、教室に足を踏み入れると、わっ、と声が上がりました。

 大きな声、小さな囁き。好奇の視線。気のせいかもしれませんが、ほんの僅かな、ざらりとした嫌悪感もありました。


 加藤先生の指示通り、

「水元ルゥ、と申しマス。宜しくお願い致しマス」

 ペコリと頭を下げると、

「その髪の色、校則違反じゃねーのぉ?」

 という一声が教室の最後尾から投げかけられました。男性の声でした。

 見るとその男性も髪の毛は金色をしていました。


「馬場くん!」

 加藤先生の叱責。

「水元さんは外国の生まれで、この銀髪は地毛です。学年主任も校長先生も了解済みです!」

 ですが、彼はへらへらと、からかい混じりの嘲笑。

「俺のキンパツも地毛なんすけど~」

 これは、先生に対するには不適切な態度です。


 クラスのそこここから、クスクスと笑いが。私の嫌悪する、不快な笑い。

「あなたの髪は地毛ではないでしょう! 何度黒くするように言ってもそのままにして!!」

「じゃあさ~、その水元サン? だっけ? その子が黒くしたら俺も黒くしてもいっすよ?」

「っ!」

 加藤先生が息を飲みました。私の髪と馬場くんとやらの髪を見比べ、言葉が出なくなってしまっています。完全に大人を馬鹿にしきった態度。故郷の島なら棒で謝るまで叩かれてます。間違いなく。


 それにしても。


 なるほど。

 私は胸の裡でほくそ笑んでいました。流石は浩一郎さんです。最初が肝心とは、こういうことでしたか。私にあらかじめ心構えを施してくださるとは、御父様のお選びになった許嫁のなさるご配慮は、やはり段違いでしたね。ますます好きになりました。


 私は薄い笑みとともに、騒ぎの中心にいる彼に声をかけました。

 低く抑えた声で。


「馬場くん、と仰るのでシタカ?」

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