第22話 背中


 浩一郎さんに貸していただいた寝間着はサイズがとても大きく、袖がものすごく余ってしまいました。その滑稽な様子に、浩一郎さんも私もクスクスと笑いました。


 浩一郎さんのお宅は二間の間取り。

 居室と寝室、といった作りです。

 ちらりと覗いてしまったのですが、寝室にはベッドが一台だけありました。

 ベッドはひとつ、枕は……


「ルゥさん、ベッド使ってね」

「えっ?」

 ベッドはひとつ、枕はふたつ、なのではなく?

「一緒に眠らないのデスカ?」

 動揺のあまり、婚前の女性が口にするには少々はしたないことを口走ったかもしれません。ですが! ですがこれは譲れません!


 浩一郎さんは口の中でむにゃむにゃと言い訳じみたことを仰って、

「俺はこっちのソファでテレビ見ながら寝るからさ」

「それでは私も同じようにテレビを見ながら寝マス」

「うーん。でもベッドもソファも狭いし」

「私の実家に比べたらとても広いデス! 十分デス!」

 もう一押しです!

 御母様は若い頃、御父様に猛アタックをしたと言っていたのを思い出しました。

「それに! くっついて寝たらきっと大丈夫デス!」

 ふんふん鼻息荒く主張していると、浩一郎さんは首をカクリと力なく傾け、お認めくださいました。御母様の教えのおかげです!


 けれど。


 いざ同じベッドで寝るとなると緊張するもので。

 さっきまでの勢いはどこへやら。

 まるで別人。

 猟師に捕まえられたウサギのような気分です。


 許嫁である殿方と同じ布団で寝るのです。

 何が起こっても受け入れなければなりません。

 その覚悟は当然あります。


 しかしながら、覚悟があるのと落ち着かないのは別の話です。

 体中が心臓になったみたい。心音で何も聞こえなくなるくらい。

 呼吸を整え、ようやくほんの少しだけ落ち着いたと思えた頃、

「狭くない?」

 と、背中合わせになっている浩一郎さんの、優しい声が耳に届きました。

「大丈夫、デス」

 寝間着を挟んで感じる体温が嬉しくも恥ずかしいです。


 浩一郎さんは結局何もしませんでした。

 許嫁同士とはいえご本人としては初対面という誤認識で、婚前交渉についてもよろしくないとお考えになられたのかもしれません。紳士的な方です。

 ちょっとほっとしている私はなんだかとても恥ずかしい気持ちになりました。


 緩やかに迫る睡魔に負ける前に、私は浩一郎さんに感謝のことばを伝えました。

「私のこと、受け入れてくれて、ありがとうございマス」

 勇気を振り絞って、背中合わせから向きを変えて、浩一郎さんの背中にぴたりとくっつくような寝姿勢に。浩一郎さんの背中がびくっ、と震えましたが、拒絶はされませんでした。そのままの体勢でいてくださいました。


 私は浩一郎さんの優しさに甘えさせていただきました。

 ですが。

 この体勢は心臓の音が聞こえてしまうかも。

 自分の顔が火照るのがいやでもわかります。

「おやすみなサイ」

 か細い声での短い挨拶が精いっぱい。

「うん。おやすみ」

 そして私は心地よい眠りに落ちました。

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