第20話 手紙2
「狭い部屋で悪いけど」
と、浩一郎さんが通してくださったお部屋は、広さは申し分ないものでした。
私の実家などよりも余程広いのでは、と感じました。
ただ、殿方の一人暮らしのせいか、いささか荒れ放題ではございました。インスタント食品というのでしょうか、そんなようなもののゴミが多く散乱していました。
浩一郎さんは恥ずかしそうに脱いだままの衣類をポイポイと放り投げ、四角いクッションを私に勧めてくださいます。
「失礼しマス」
正座、という日本式の座り方はオバサマに事前に教わっておりました。
けれど、これで合っているか少々心もとないところはあります。眼前の浩一郎さんがもじもじしているのは何か座り方に不備があって、それを指摘したいから、なのかもしれません。
ややあって、浩一郎さんはご挨拶くださいました。
切れ長の鋭い眼を、できる限り優しい形にして、ぎこちなく微笑みながら、
「はじめまして、水元浩一郎です」
と、仰いました。
ハジメマシテ?
ハジメマシテとは初対面の人と交わす挨拶のはずです。
浩一郎さんと私は既に十五年前に――
私が何と言ったらいいか、と考えていると、浩一郎さんが先に話を切り出してこられました。
「ええと、親父から預かってるっていう手紙、見せてもらっていいかな」
手紙の内容確認をしていただけるようです。
「ハイ!」
懐からオジサマの手紙を両手で差し出すと、浩一郎さんも丁寧に受け取っていただけました。
けれど。
手紙を読んだ浩一郎さんの雰囲気が激変したのでした。
鼻息荒く、肩をいからせ、今にも手紙を破り捨てかねない勢いです。
「十五年前の約束ってなんぞ!?」と私がここいるのもお忘れになって気炎を吐いておりました。
えっ。
覚えておられない?
ならば、女性から口にするのは少々憚られますが、
「浩一郎さんと私、結婚の約束をしておりマス。誓いのキスも済ませてありマス」
と、お伝えしました。
頬が、熱いです。
浩一郎さんと私の出会いは、遡ること十五年前、私が生まれたばかりの夏の日のことでした。オジサマとともに冒険に出た浩一郎さんがの乗っていたヨットが転覆したか何かで遭難したのだ、と御父様からは聞かされています。
オジサマのお仕事は「冒険家」というもので常にこうした危険と隣り合わせなのだそうです。大変なお仕事です。それを浩一郎さんも若いながらに手伝おうとなさっていたのでしょう。お若いのに大変ご立派です。
遭難そのものは不幸な出来事でしたが、御父様がふたりをお救いすることができたのは、大変な幸運でした。その後、御父様とオジサマは大層仲良くなられ、晴れて浩一郎さんと私の婚約の話へと進んだ、というわけです。
「ですカラ、浩一郎さんと私、はじめましてじゃナイですからネ!」
こういうことはきちんとお伝えしておかなければなりません。
御母様もオバサマも「殿方は何か都合が悪くなると、すぐにしらばっくれるものだ」と仰っていましたし。
「
浩一郎さんは腕を組んで、しばしうんうん唸った後に、こう結論しました。
「許嫁云々は一旦さておき、親父と俺の命の恩人であるウォンさんの娘をほっとくわけにはいかない。ウチの親父も後見とか支援とかするつもりみたいだし。だから、当面ウチに住んでもらうのはオッケーです。許嫁云々は一旦さておき、な」
許嫁の件をさておかれていることがすこぶる気にかかりますけれど、今は感謝を。
オジサマの仰っていた通り、誠実で優しい、信用のおける御方でした。
「ありがとうございます!」
これで婚前同居、日本語では
ですが、浩一郎さんはまだ納得いっていないのか、
「婚約の誓いのキスって言ったって、生まれたばっかりの君と意識不明の俺がしたんでしょ?」
などと仰るのです。
私はゆっくりと首を横に振りました。
「契約は完了していますカラ! 後は履行するのみデス! ネ!」
浩一郎さんは、私が幸せにしますから!!
どうかご安心ください。
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